先行していたキリエからの連絡が途絶えて半日が経過した。
人狩り達のキャンプからは食事の準備の煙がたちのぼっている。
「くっ・・・」
やはり、先行させるべきではなかったか。
ライラはあとに残るもの達と打ち合わせをし、それから出発したので約半日の時間差があった。
キリエが偵察をし、ライラと合流してから行動を開始する予定だったのだが・・・。
薄暗い天幕の中で、白い肌が浮かび上がっている。
魔術の道具や装束の中、繋がれた女がなぶられている。
女の体の支配権は、もはや女ではなく男にあるようだった。
男の指一本で女の乳房がゆれ、滑らかな腹が波打ち、細い指が空をつかんだ。
女の全身には玉のような汗が輝き、つやのある肌はいっそう淫靡な光沢を帯びていた。
髪が濡れた肌にはりつき、別の生き物のように動く。
「ひいいっ!いや・・・いや、いや・・・っ!」
男の息が乳首に吹きかけられると、乳首はみずから男を求めてそそり立った。
男の手が肩に触れると、こらえようとする口から甘いうめきがこぼれた。
「まだか?まだこらえるのか?言ってしまえ!私のものになると」
女は体をよじり、男の手から逃れようとする。
「・・・ん!・・・だ、だめよ・・・」
「だめじゃあない。お前は私のもとでこそ力を発揮できる。私はお前の価値を知らぬ無能達とは違う」
男が下腹部の茂みの一本をつまむだけで女の体に震えが走った。
男の掌が茂みを撫でると女の太腿が何かを求めて動いた。
「私だったらお前をこんな使い捨てにしたりはしない。お前はこのような苦しみをあじわうこともない」
女の体は男のちょっとした動きにも敏感に反応し、うねり、ざわめく。
「さあ、もう強がる必要はない。私に従えば、楽になれる。お前はあの人狩りよりも役に立つ。お前は私の片腕になるのだ」
それほどの時間になるだろうか。女は快楽の最後の一線にとどめおかれていた。
「ああ、だめ・・・かんにんして・・・」
「私は、お前を最初から許している。私に許ししを請う必要などない。ただ従えばよいのだ」
男は間髪を入れずに答える。その顔はもどかしげにゆがむ。
「今のお前は私からの魔力の供給が途絶えればその全身の刺青に精気を吸い取られて死ぬ」
「はあ、はあ、はあ・・・」
「まだわからないのか?お前には私が必要なのだ」
男の指がぬめやかな襞をとらえると、そこはやさしく収縮し、蜜を吐き出す。
男の指が隘路をさがしあてると、そこは微妙な収縮をみせて男の指を内部へと誘う。
女の体は、文字通り男を求めていた。
刺激を与えられない雌芯は男の指を待って鮮やかな紅色の姿を茂みの中にのぞかせている。
「お前の全身はすでに私を求めているではないか」
「そんな・・・こと、ない」
「証拠を、みせてやろう」
「いや・・・いらない・・・」
女は背中と腰だけで男から逃げようとムダな努力をする。
男は両手を女の体にかざした。
「・・・!?」
女の体が痙攣した。男の手はまったく女に触れてはいない。
快楽は女の体を貫いていた。
それは外からの刺激ではない。
内部からのものだった・・・。
「あっ・・ああっ・な・・・ぜ?なぜ・・・ううっ」
「簡単なことさ。今お前の体を支えているのは私の魔力。自分自身の魔力に反応しているというわけさ。
「ああ・・・ひっ・・・くふっ・・・そん・・・な・・・!」
「どうだ?からだの内側からの快楽は。また違った感覚だろう」
「ひ・・・っあ・・・うう・・・」
魔術師がかすかに指を動かすたびに、女の体がふるえ、うねり、玉のような汗が流れ落ちる。
「そして・・・これだ」
魔術師の指がかすかに動いた。
とたんに、女の体がはね、四肢につながれた天幕が揺れる。
「・・・・・・!」
女はろくに声をあげることもできずに体を硬直させている。
その肉のあわいからおどろくほどの花蜜を吐き出しながら・・・。
「これはさすがに効いたか・・・」
男はニヤリとわらい、手をおろした。
「お前の体にうちこんだ快楽の針に、直接エネルギーを送りこんだのさ。なかなかのものだろう・・・」
「う・・・あ・・・」
女の体は断続的な痙攣を続けている。
「次に私が来るときが、お前が屈服するときだ」
魔術師はかすかに荒くなった息でそう告げると、天幕をあとにした。
あとには目を開けることもなく体を震わせている女が薄暗い天幕の中で白くうごめく。
その頬には一筋の涙が光っていた・・・。
女の体は男を待っていた。
多少のゆとりを与えられたロープに四肢の動きを制限されながらも、女は静かに呼吸を整え、魔力を練り上げる。
だが、その練り上げた魔力は、じきに女の体のうちへと消えてしまった。
男がやってきたのだ。
男の足音が近付いてくると、女肉の狭間に蜜が染みだしてくる。
これは条件反射というものだろうか。
あの男は、離れたところからでも女の体に快楽を送りこむことができる。
それも、ほんのわずかな力で。
彼女の体に埋め込まれた針がふるえ、彼女の快楽の源に鞭をあてるのだ。
男の放つ魔力は高ぶり、女の魔力を快楽の高みに引きずりあげていく。
天幕の入り口の布が跳ね上げられるころには、女の乳首はとがり、雌芯は赤くふくらみその姿を茂みの中に誇示していた。
「待たせたな」
「誰も・・・待ってなどいないわ」
「そうか?」
男は女の言葉など歯牙にもかけずに手を伸ばす。
「あ・・・」
「ふん、髪に触れても感じるか?」
「・・・!」
「すでにお前の体は練れきっているではないか」
男は女の体をまさぐった。女の体のすべてがふるふるとふるえ、とがり、濡れ、男を最奥へ誘おうとしているののだ。
男は嗜虐の笑みを浮かべながら女の肩を引き寄せる。
「あああっ!い、いやっ・・・」
「忘れたのか?今度来る時は、お前を屈服させるといったはずだ」
男は力の入らない女の体を開くと、その上にのしかかっていく。
この女を手に入れてからはじめて、男は自分の陽根を女に打ちこもうとしている。
男は痺れるような征服感に酔う。
「あああああ!」
男の腰が内腿に触れるだけで、女は軽く達した。
男と接触している肌から、魔力が流れ込んでくるのだ。
彼女の体に慣れ親しんだあの魔力が。
すでに女の体は狂っていた。
やわらかく、熱く濡れた粘膜が、複雑なうねりをみせて男を締め上げる。
男はかつてない充実感を感じていた。
突き、ねじり、かきまわす男の動きに、女肉はぴったりとついてくる。
男の魔力に慣れきっているのだ。
すでに女の肉体は彼に合わせて作りかえられているかのようだ。
「くっ・・・」
女が体をよじって引き離そうとするが、男の動きであっさりと抑えこまれてしまう。
「ああっ」
「これはまだ序の口だ。・・・そら、そら!」
「ひっ・・・あ、ああっああっ・・・」
男の手が触れるたびに、女の体はふるえ、開き、うねる。
男の口が何かをささやくたび、女の体は叫び、うめき、泣く。
性感の高まりに伴い、女の生命エネルギーが急速に高まっていく。
男はほくそえみながらそれに自分のエネルギーを同調させていく。
「そうだ、そのままエネルギーを高めていけ!その頂点に達したとき、私の精をお前の胎内に送り込んでやる。私の魔力によって生かされてるお前の体が、どう反応するか愉しみというものだ!」
「そ、そんな・・・いや、いや!・・・」
女が髪を振り乱して逃げようとするが、ロープが伸びきってしまってそれ以上下がることはできない。
逆に男は女の髪の毛をつかんでたぐりよせる。
「無駄、だ」
男は引き寄せた女の胸にむしゃぶりついた。
今度こそこの女は彼のものになるのだ。
女の手が彼の顔を遠ざけようとするが、力はない。
彼の舌が乳首をねぶるとあっさりと力を失って下がってしまう。
「そら!私のものになるのだ!」
「あ、あ!あっあっ・・・ひっ!」
熱く濡れそぼった女肉の奥で、肉筒がはじけた。
熱が腰から全身に広がっていくような、強烈な射精感覚。
女の腕が男の背に爪をたてるのさえ心地よい。
「ふ、ぬ・・・!」
「あ!あおあああああああ・・・・」
女の体に放たれた精が、そのエネルギーを女の器官に叩き付ける。
はげしく痙攣しながら蜜を吐き出し収縮する女体を抱きながら、男は勝利を確信する。
「どのみち、あのキリエとかいう女が我らの手に落ちた以上、おまえの抵抗もこれまでさ」
「え・・・?あ・・・」
「聞こえなかったのか?ふふっ。キリエとかいう女魔法使いを捕らえたといったのさ。今ごろは人狩りが愉しんでいるころだろうよ」
男は女の腕を振り解きながら冷笑してみせる。
「安心しろ。お前は私が飼ってやるのだから、他の者に与えたりはしない」
男の下で、女が涙に濡れた目を向けた。
その目は、光を失ってはいなかった。
「やけに気を高ぶらせていると思ったら、、そういうことか・・・」
けだるげな声とともに女の腕が伸び、男の腕をつかむ。
反射的に見を引こうとした魔術師は、男根をまだ女陰に捕らえられていることに気が付いた。
そうだ、女の手はロープにつながれているはずではなかったのか!?
その女の右腕は彼の腕をしっかりとつかんで動かない。
「ふっ!」
狼狽する魔術師の顎に、ヒュームの左の掌が強烈な一撃を与えた。
魔術師は力を失って女の上に倒れこむ。
「・・・ありがと」
一瞬で意識を失った魔術師に、ヒュームはそうつぶやいた。
この男がいなければ、回復はできなかっただろう。
ヒュームはわざと魔術師の魔力を受け入れることによって回復を図ったのだった。
立ちあがったヒュームは爪でロープを断ち切った。
魔術師の監視さえなければ、魔力の使用に何の問題もない。
ヒュームは手近なマントを羽織り、短剣を手に取ると久し振りの外気を吸った。
「あ・・・」
一瞬めまいを感じヒュームは頭を振った。
魔術師の目を盗んで体力と魔力の維持には気をつけてきたが、連日の色責めで体が変調をきたしている。
少しずつ力萎えの針を無効化してきたとはいえ、快楽の針については手をつけられずにいた。
気を抜いた瞬間、驚くほどの快感が背筋を駆け上った。
体をふるわせて絶頂をやりすごす。
「急がないと・・・」
ヒュームは今だ蜜を吹き上げようとする肉体を叱咤して顔を上げる。
キリエは彼女ほどには強くない。
あの人狩りとの接触はキリエに深刻な影響をもたらすかもしれなかった・・・。
キリエの気配を探して魔力の網を広げると、キャラバンとは異質な気配を感じた。
キリエではない。
・・・近い!?
ヒュームは反射的に身構えた。
天幕の陰から、こちらを窺っているものがある。
「・・・ライラ?」
緊張した気配が伝わってくる。
「・・・何者だ!?」
「ヒューム。わからない?」
「・・・ヒュームだと!?」
女性にしては大柄な人影が近付いてくる。
「そういえば、あれは化粧だったんだな。無事でよかった」
ライラは化粧を落としたヒュームの体を観察した。
「化粧なんかしないほうが美人じゃないか」
「それどころじゃないのよ!キリエが捕まっているの」
「ああ、今中央に集まって円陣を組んで、何かやろうとしている」
ヒュームは首をかしげ、微笑んだ。
「それでもあなたがここにいる、ということは・・・」
ライラもニヤリと笑ってみせる。
「ああ、ヤツラは油断しきっている、チャンスだ」
たまたまライラとの間に時間差があったため、キリエの単独行動だと思われていたらしい。
ライラとヒュームは素早く手順を確認していく。
キリエの誤算は二つあった。
あの針使いの魔術師と直接対決したことがなかったため、彼の恐るべき技量を知らなかったこと。
魔術師としてのレベルは同等、魔力はキリエの方が上だったが、それを駆使する技術は「針」使いに及ばなかった。
そしてもう一つは、キャラバンを率いる人狩り自体が耐魔戦士だったことだ。
着ているものをすべて剥ぎ取られたキリエは、素裸で人狩りの巨体と対峙していた。
こんな時代だ。魔術師といえども、自らの身を守る程度の体術は心得ている。
だが、大きな魔法を使いきってしまったキリエと人狩りの巨体とでは、あまりに大きなハンデがあった。
この巨漢に膝をつかせれば開放してやるとの約束だが、それがかなうことは、ない。
キリエは男の周囲を回るようにしてタイミングをはかる。
「そら、どうした?お頭はあっちだぜ」
二人の周囲には男達が丸く囲み、盛んに囃したてる。
そのさらに背後には、かつての同朋達が拘束されていた。
これは見せしめなのだ。つながれている娘達の視線は同情か、あきらめか、それともあざけりか・・・。
「もうちょっとこっちにおいで。俺の指が待ってるぜ」
「いやいや、俺のイチモツも餓えているぜ」
下品な声を上げるこの男たちも、それなりの訓練を積んでいる。
今の彼女の魔力では、この輪から抜け出すことはかなわない。
エルフ族の細身の体が、軽く反らされ、たわんだ肉体に力が貯めこまれる。
「・・・くっ!」
キリエの脚が地を蹴り、低い姿勢から大きく踏み出す。
嘲笑を浮かべている人狩りの側面から、下から突き上げるような掌底を放つ。
気力を込め、タイミングも文句のない一撃が人狩りの脇腹を撃つ。
小気味よい破裂音が今の一撃の威力を物語っている。
接触距離からでは、対魔法の能力も効果を弱める。
常人なら一撃で昏倒するはずだった。
だが、人狩りは衝撃に体を揺らしただけで、その顔に張り付いた笑みは揺るがない。
「その程度の魔力じゃ、効かねえんだよ!」
バックステップで下がろうとするキリエの腹を人狩りの指が突いた。
力を失ったキリエの体が崩れるのを、人狩りは腕を取って引き起こす。
嘔吐こそしなかったものの、キリエの顔は苦悶にゆがみ、一瞬で全身に脂汗が浮いていた。
魔術師の呼吸法はこの一撃で破られていた。
この相手に調息法で魔力を回復できるとは思えなかった。
「お前のおかがで、満足に動ける傭兵が3人も減っちまった。楽には眠らせねえ」
「・・・う・・・っぐ・・・」
人狩りは指先でキリエの乳首をはじいた。
「ううっ」
「まずはムチといってみるか」
待ってましたとばかりにロープとムチが投げられる。
人狩りは手早くキリエの首にロープをかける。
キリエは必死にロープに手をかけ逃れようとするが、素人のキリエに逃れるすべはない。
「だいたい、あの魔術師は一度でもやりあった敵の魔力は忘れねえんだ。お前の魔力はこのキャンプに侵入する前からわかっていたんだ。バカが」
唇をかむキリエの足元で、人狩りのムチがうなりをあげ、鋭い音とともに土がはじける。
男たちの歓声があがった。
「・・・!」
破裂音が響くたびに、みるみるうちにキリエの周囲にはムチでえぐられたあとが輪になっていく。
キリエの顔が恐怖に青ざめる。
実際にはムチは大きな殺傷力を持っている。
この男なら、簡単に肌を破り、筋肉をも裂くだろう・・・!
実際には人狩りはキリエの体に傷をつけるつもりはない。
だが、彼の技量と特製のムチは音と衝撃を自由に調節できる。
女の体に傷をつけずとも、十分な屈辱と苦痛を与えることができるのだ。
これから始まる見世物への期待感に男たちの輪が狭まったときだった。
突然の悲鳴とともに男たちの輪が崩れた。
数人の男達が前のめりに倒れ、苦痛のうめきをあげる。
「うおおおおお!」
雄たけびとともに輪の中心に突入したのは女だ。
大柄で、マントを左手に巻き付けるようにしている。
「ラ、ライラ!?」
「ちっ!」
動揺を見せずにライラにムチを放った人狩りはさすがに一流だった。
だが、そのムチはライラが掲げたマントを弾いただけで、スピードを失ったムチはライラの剣で切り落とされてしまう。
ライラは返す手でキリエにマントを投げつけた。
「かぶれ!」
轟音と先行がが男たちの目と耳を撃った。
一瞬で視覚と奪われた男達が悲鳴をあげ、思わず前のめりになるところを、あっさりと叩きのめす者がある。
ヒュームだ。
苦痛の悲鳴が盲目の男たち男たちをパニックに陥いれていた。
低下した聴覚には、仲間の悲鳴だけが聞こえてくる。
ほんの数秒のことだったが、男たちの大半が戦闘力を奪われていた。
「貴様ら・・・!」
辛うじて先ほどの閃光から身を守った人狩りがうめいた。
周囲からの声が上がらないことに気付いたのだ。
「そうさ!お前達がお楽しみのあいだに、見張りや牢番はオネンネしているよ!」
「くそっ!」
人狩りはかろうじて身につけていた短剣を構えた。
この女達がここにいるということは、魔術師が倒されたことを意味しているのだ。
いかに彼といえども、同じにこの3人を相手にする自信はなかった。
「お前ら、散れ!女どもを人質に取れ!こいつらは人質を見捨てねえ!」
かろうじて動ける数人が走りだそうとするが、ろくに目がみえない状態ではヒュームの手から逃れることはできなかった。
瞬く間に打ち倒され、地面に転がっていく。
「さあ、残るのは人狩り、お前だけのようだよ!」
ライラの怒号に、人狩りは雄たけびで応える。
「なめるなああ!」
人狩りの巨体が一瞬膨らんだようだった。
「女ごときが、このおれに勝てるかああ!」
「大丈夫?」
ヒュームがキリエの肩に手をかける。
キリエもあの閃光に巻き込まれたらしいが、マントのおかげで大したことはないようだ。
「あ、ありがとう・・・。あなたは?」
「よかった、大丈夫みたいね。化粧が落ちちゃってるから、わからない?」
「この声・・・ヒューム!?」
「そう。キリエが助けにきてくれたってのに、じっとしてられないわ」
ヒュームは優しく声をかけながらキリエの首にかけられたロープをほどいてやろうとするが、その前にキリエに抱き付かれてしまう。
「無事だったのね、ヒューム!よかった、よかった、よかった・・・!」
「ちょ、ちょっとまって、お願い・・・あ、あ・・・」
必死に抱きしめるキリエの腕の中で、ヒュームの体から力がぬけた。
キリエがあわてる。
「ご、ごめんなさい!ケガしてるの!?」
「ん・・・違うの・・・今の私に、触らないで・・・」
キリエはようやく気付いたようだった。
これだけの時間があって、あのキャラバンの中で無事でいられるわけはなかったのだ。
ヒュームの息は荒く、体は火がついたかのように熱かった。
「ご、ごめんなさい!針ね!?今取ってあげる」
ヒュームは力なく笑うと、ライラを指し示した。
「彼女を、援護してあげて。あの男、強いわよ。彼女一人じゃ、つらいはず・・・」
キリエの表情がひきしまる。
ライラは以前あの人狩りと戦い、不覚をとっているのだった。
ヒュームはかすかにふるえる手でキリエのロープをほどいていく。
「わかった。あなたは?」
「まだやっかいなのが残っているのよ。あいつが、来るわ」
あの針使いがまだ生きていることを知ったキリエは顔をこわばらせる。
「今のあなた一人じゃ戦わせられないわ!」
ヒュームは膝をついて、ほてった体をゆっくりと持ち上げていく。
「大丈夫。向こうは私よりもずっとボロボロだから。それに、今の私じゃ、あなたと連携できない・・・」
キリエの体が硬直した。
ヒュームから感じる気配が依然と違うのに気付いたのだ。
かの魔力の感じは、まるで・・・!
「私を、信じて。それより、ライラの援護を!」
ヒュームはそう言って立ちあがった。
そのけだるげな様子を見たキリエはもう一度だけ聞く。
「本当に一人で大丈夫なのね?」
「大丈夫。男の純情をもてあそんだケリをつけないとならないのよ」
「よくわからないけど、信じてるからね!」
たとえ闇の魔力を発してはいても、ここまでして自分を助けてくれた人物を信じないでどうする。
キリエはそうつぶやきながらライラの背後に回った。
長剣を構えるライラと短剣を構える人狩りの戦いは、現在のところはほぼ互角のようだ。
キリエは魔力の回復とタイミングを数えはじめた・・・。
やがて、ピンと張り詰めた魔力が近付いてくるのがわかった。
針使いだ。
ヒュームの張った薄い結界を貫いて、針使いは戦場を走査する。
その手際はあまりにあざやかで、ヒュームをも感心させる。
やがて現れた魔術師は、陰鬱な気を放射しながらもいつも通りの姿だった。
「遅かったわね」
「・・・そのようだな」
魔術師は感情のこもらない声で答える。
「やる?」
「やるさ。私はともかく、お前のほうこそ私を生かしておくまい」
「そうでもないわよ」
「なに!?」
ヒュームは首をかしげて笑ってみせる。
その笑顔は一瞬魔術師の注意を引き付ける魅力があった。
「あなたが、我々に投降してくれればね」
「バカなことを!」
魔術師の怒声に、ヒュームは肩をすくめてみせる。
「やっぱりダメ?」
「あたりまえだ!」
魔術師はマントの下ですでに印を組んでいるようだった。
「待遇は、魔術の師範兼研究者。建物の外には監視つき。もし私がいるときなら、私を自由にすることができる・・・どう?」
「くっくっく・・・今までに何人に同じことを言った?」
男は気合とともにマントをはねあげた。
はねあげた下には、二つの光球があった。
「私の衝撃弾は一味違うぞ!」
男の手から光の帯が放たれ、ヒュームにからみつこうとするが、ヒュームの周囲の結界に阻まれる。
・・・が、そのまま球状の結界に巻き付いてしまう。
そして、その帯にそって光の球がヒュームめがけて突進する。
「お前はシャザと同様に対魔の呪紋を刺青にしているが、私のニ連撃にチャージが間に合うか!?」
そういいつつも魔術師は次の術を用意している。
そのスピードも速い。
「くっ!」
魔術師の放った光球が僅かな時間差で炸裂する。
敵に防御の時間を与えないテクニックだが、これだけではないはずだ。
二発ではたとえ結界と対魔の呪文を突破してもダメージを与えられない。
何かあるはずだ・・・!
ヒュームが衝撃でゆらぐ視界に驚くべきものを見つけた。
二つの衝撃球が、まだそこにあった。
魔術師は衝撃球を二つ重ねて作っていたのだ!
衝撃球の中にさらに衝撃球を作る。
火球と違い、理論的には可能な術だが、完璧な弾道コントロールがなければ目標に炸裂するまでに二つの衝撃球が接触して崩壊してしまう。
遅延魔術を得意とするヒュームですらも、これほどのテクニックはない。
一つならばともかく、今の状態で二つを同時に無効化する手段は、ヒュームにはなかった。
ライラと人狩りの戦いはほぼ拮抗していた。
ライラの長剣に対し、人狩りは短剣だったが、人狩りの体躯はそのリーチの差を埋めている。
それを考えれば、体力で上回る人狩りが有利だろう。
事実、以前ライラはこの敵に破れている。
今は武器の分だけ有利になっているが、バックアップなしではあまりに危険だった。
「ライラ、いつものヤツ、いくわよ!」
「頼む!」
人狩りは対魔法訓練をうけている。
刺青に魔法防御の呪文を仕込んだシャザほどではないが、魔法は効きにくい。
今の大きな魔法を使ってしまったキリエでは補助に徹するしかない。
もともとライラとキリエはコンビを組むことも多かった。
それぞれ役職についてからは離れていたが、お互いの呼吸はよくわかっている。
キリエは自分とライラを魔力でつなぎ、自分の魔力をライラに送りこむ。
一番手っ取り早いサポートだ。
爆発音とともに衝撃が周囲の空気を打ちのめした。
土煙と弾けとぶ土くれが視界を奪う。
その中を、ヒュームが魔術師に向かって駆ける。
人間離れした速度だ。
ヒュームは魔術師の気配に向かって一直線に駆ける。
「加速の術か!」
魔術師はうめき声をあげる。
加速の術は準備に時間を食う割に持続時間が短く、疲労も激しい。
よほどのことがないかぎり、個人の魔法戦闘では使われない術だった。
なにより、魔法障壁をはりめぐらす魔術師同士の戦いでは、そのわずかな時間に魔法障壁を破るのは至難の技なのだ。
だが、ヒュームは最初からこの術を使うつもりで準備していたのだ!
「なんの!」
魔術師は術の完成を急ぐ。
ヒュームの前方に展開される魔法障壁の意図に気が付いたのだ。
ヒュームは全身を覆う魔力障壁とともに魔術師に突撃をかけてきたのだ。
魔術師が術を完成させた瞬間にはヒュームの姿はすでに眼前にあった。
ヒュームと魔術師の魔法障壁が相殺しあい、ヒュームの短剣が魔術師を襲う。
「もらった・・・!?」
ヒュームの勝利の叫びも途中で消える。
ヒュームの全身を守る刺青による魔法障壁が、何の抵抗もなく何かに切り裂かれたのだ!
一瞬の駆け引き。二人はぶつかりあい、もつれあうようにして倒れる。
骨が折れるいやな音がした。
うめきながらも体を起こしたのは女だった。
かろうじて身にまとっていたマントが切り裂かれ、ほとんど全裸の状態になっている。
「う・・・痛う・・・」
したたかに打った体の痛みに耐えながらも、敵の状態を確認する。
魔術師の胸には短剣の刀身だけが突き刺さっている。
呼吸のたびに口から血泡を吐いていようだ。
「無事・・・か?お前・・・は?あの、状況・・・で・・・」
膝をつく女の手には短剣の柄だけがある。
その欄面はまるで鏡のように滑らかだ。
伝説の剣士の技でもこうはいかないのではと思えるほどに鋭利な切り口だ。
あの瞬間もう少しステップが遅かったらと思うとぞっとした。
「すごい、な・・・お前は」
「しゃべらないほうがいいわ」
「いいさ・・・もう、ダメ、だ」
「これは、何」
女は短剣を示した。
男は辛うじて微笑らしきものを顔に浮かべることに成功する。
「・・・バリア、だ・・・ぐっ・・・あれを、見ぬく、ふうっ、ものが・・・」
「土煙が、裂かれていたからよ」
バリアを強度を保ったまま、極限まで細くしたものらしい。
魔法剣の達人の剣と同様の切れ味だろう。
お互いに相手の行動を予測しあっての行動だったのだ。
最後の一瞬、ほんのわずかの差が二人をわけたのだ。
土煙のわずかな動きが、そこに何かがあることを示していた。
それに気がつかなければ、短剣だけでなく、ヒュームも真っ二つになっていたはずだ。
ヒュームの魔法障壁は、この研ぎ澄まされたバリアの刃には何の役にも立たなかったのだから。
「本、当に、似ているな、わだし、た、ちは」
「そうね、よく似ている」
男の言葉は急速に濁り、途切れ途切れになっていく。
女が男の胸に手をかざした。
「くふっ!無駄、だ。それより、お前の姿、を・・・」
女は男の上半身を起こしてやった。
男はまだ視覚を保っているのだろうか?
「綺麗だ、お前は、本当に・・・」
「・・・ありがとう」
男はわずかに回復したようだが、それは一時的な見せかけに過ぎない。
「触れてもいいか?」
女は男の手を乳房におしあてる。
男の手はすでに力を無くしていた。
「温かいな・・・」
「そうね。温かいわね」
「先ほどの台詞、本気だったのか?」
「もちろん。あなたのことを思い出す度に濡れてしまうわね、きっと」
男は笑おうとしたようだが、それは血を吐く苦悶にしか見えなかった。
、
「はは・・・、ぐ、くう、そろそろ、とどめ、を、さし・・・てくれ、ないか」
「・・・わかったわ」
女は男の顔を両手で挟むと、口の中で呪文を唱えた。
男はわずかに痙攣し、動かなくなる。
口腔内にたまっていた血があふれ出した・・・。
女はそっと男の体を横たえる。
「あなたほどの男でも、女に溺れると正常な判断ができなくなる・・・。私に注ぎ込んだ魔力の大きさに、目をつぶってしまうのだものね」
手ごわい男だった。
この男が彼女を手に入れようと思わなかったら、逆転はありえなかった。
この男はそれこそ何十回もヒュームの命を断ち切ることができたのだから・・・。
ヒュームはゆっくりと立ちあがった。
術者を失った快楽の針はその効果の半ばを失っていた。
それでも、気を抜けば乳房が熱くしこり、女肉が潤みはじめる。
もう少し・・・この場を脱出するまでの辛抱だ。
「終わったのね?」
ライラとキリエはヒュームに笑顔で答える。
「もちろん、やったわよ!そっちは?」
「見てのとおり。ひどい格好にされちゃったけれどね」
それはお互い様だった。
まともに服を着ているのはライラだけで、そのライラの服もそこかしこが破れ、妙に色っぽい格好になっていた。
「人には見せられないわね」
3人は誰からともなく額をよせあって笑いあった。
御互いの背中や腕を叩き合う。
「さあ、まずは生きている奴隷商人達を全員一ヶ所に集めて繋ぐわよ。それから、捕まっている娘達を解放して、使えそうな子を選んで・・・」
「ああ、大丈夫」
ヒュームの言葉をライラがさえぎった。
「さっきキリエが風に乗せて手紙を送った。もう近くまで来ているはずだから、早いはずだ」
ヒュームがきょとんとした顔で聞き返す。
「来ているって?」
「あんたに助けてもらった11人の残りだよ。ほとんどが戦闘訓練を積んでいるやつらだから、役に立つはずだ」
「そう、みんないい子ばかり。張りきってるわ」
「あなた達って、あなた達って・・・!私が受けた任務はライラとキリエの救出だったのよ!せっかく他の娘達も脱出できたってのに、それが台無しじゃない!」
ヒュームが笑いだした。
無性におかしかった。
キリエとライラは呆れていたが、つられて笑いはじめる。
自分が女に惚れていることも気付かずに必死に女に貢ぐ男。
すべてを知った上で男をだまし続け、すべてをかすめ取る女。
そんな短くも陰惨な時間。
濃密な快楽と騙しあいの日々。
それらを越える何かがこの娘達にはあるような気がした。
今ここで笑いあっても、明日には別の道をいくだろう。
たった一人で屈辱と危険と恐怖に囲まれ、そして苦痛と快楽の狭間をさまよう日々が、ヒュームを待っている。
それすらも、この娘達の前では・・・。
なぜか、涙がこぼれた。
笑いながら、他の娘達に笑われながらも、涙が。
終