巨道空二様
魔道嘗辱記 ダークファンタジー小説 第1~5話 馬車

第1話 馬車(1)


 魔物が女を苛んでいた。細く白い女の肌に、黒く、不気味な模様のヘビがからみついている。
その様は黒い大蛇とか細い白蛇がからみあっているようにすら見える。
いや、違う。
奇怪なくまどりをし、全身に不気味な刺青を施した女が拘束されたエルフ女性をいたぶっているのだ。
荒い息であえぐエルフ女に対し、刺青の女は憎らしいほどに平静だ。
思うがままにエルフ女の乳房をなめしゃぶり、秘肉をなでさする。

「あ・・・ふううっ、う、うん・・・あっあぁ・・・」
「どうしたんだい?キリエ。もう降参かい?」
「だ、誰が・・・んふうっ!・・・や、やあ・・・」

 後ろ手に自由を奪われた体が、意志に反して震え、緊張し、そして弛緩する。
興奮しきった体は熱くほてり、自分のものとは思えないほど敏感になっている。

「ほおら、こんなにオサネを膨らませちゃって、可愛いじゃないか」

 刺青の女の指が、敏感な突起をはさむようにすりあげる。
女の長い指はそのときでさえも肉のほころびをくつろげるのをやめないのだ。
残酷な指の動きに翻弄され、キリエは相手の女に操られるように悲鳴を上げ続ける。

「あああっ!はあ、あ、あ、いやあああ!」

 悔し涙に濡れるキリエの頬を、シャザはぬらぬらと光る舌でねぶる。
その手はキリエの胸と下腹部へのび、薬で敏感になったキリエの女の急所を責め続けているのだ。

「・・・」

 キリエは力の入らない体に気力を循環させる。
悲鳴をあげる瞬間を除き、その口は意志強化の呪文を口ずさみ続ける。
負けてははならない。
少しでも長く生き延び、脱出し、そしてまた戦うのだ。
生きてさえ、いや、彼女が彼女であり続けさえすればチャンスはあるのだ。

「いいよ、あんた。まだあきらめていないんだね?そうそう、今なら私にも魔法が効くかもね」

 それはその通りだ。
魔法を無効化するシャザの刺青は、あの戦いの中でキリエの魔法のことごとくを無に帰さしめた。
しかし、今なら違う。
接触状態からの魔法ならば、キリエの刺青の効果は半減するはずなのだ。

 しかし今キリエの体は魔法を発動できる状態にない。
魔力をリークさせる「針」が彼女の魔力を奪い、絶え間ない快感と苦痛は彼女の気力と集中を奪っていた。

「うふふ、おいたはダメ!余分な力を使っちゃダメよ」
「・・・!」

 シャザは突起をしごくようにひねりつぶした。
後ろ手に縛られたキリエの掌中に形成されつつあった「光の矢」が霧散する。

「!!!」
「スゴイ集中力だけど、バレバレなのよね」

 悲鳴にすらならなかった。精神集中を破られた体が硬直する。
キリエの意志に関わり無しに涙が流れ、股間には洩らしたかのような多量の汁があふれた。
肉門はシャザの指を引きこもうかとするようにうごめき、収縮する・・・。

「ふふ、可愛いねえ。あの戦場でのあんたの方が魅力的だったけど、あのままじゃイイことできないものねえ」

 シャザは意識を失ったキリエの体をなおももてあそんだ。

第2話 馬車(2)


痛んだ車軸が耳ざわりな音を立てる。
過酷な労働にあえぐ奴隷のように。
小柄な御者は舌打ちして馬を止め、合図のベルを鳴らすと馬車を降り、馬車の車軸に獣脂を塗りつけた。
ふと思い立ったように脂のかたまりに指を突っ込み、顔に持っていき舐めしゃぶる。
その口もとは獣毛で覆われている。
フードの下に除く眼はぎらぎらと光り、明らかに人間ではないようだった。

前後を行く馬車も同様だったらしく、他の御者達も車軸に脂を差したりしているようだ。
護衛役の傭兵達は若干離れたところで水筒を取り出したりしている。
御者は安心したらしく、ノビをすると荷物を確認した。
箱状の馬車の荷台の毛布をめくる。
中からは美味そうなニオイがただよってくるのだ。
若い女達の甘酸っぱい体臭と、汗、そしてかすかな糞便臭。
馬車に乗せられているのは、奴隷だった。
ここでは最下級の、しかし高値で取引される、光の種族の女達。

今晩こそは、おれも一人くらいはご相伴に預かれるだろうか。
御者はいやらしい笑いを狗の口に浮かべた。
つながれてろくに身動きの出来ぬ女達に手を伸ばそうとする。
数ヶ月ぶりの女の肌はどれほど甘美な感触だろうか。
御者は馬車の中を覗き、オリの中に手を伸ばそうとした。
滑らかな、白い女肉に獣毛の生えた手が触れようとする。

「やめておけ。それは私のものだ。」

御者の背後からきびしい声がして、御者は震え上がった。
あの女、シャザだ!

「い、いや、妙なことをするづもりはない」

ちくしょう。
牢の中には媚薬でとろけたままほおっておかれる女達がいるというのに・・・。

このキャラバンの運ぶ奴隷のほぼ全てが女奴隷だった。
大半は高価だが、身分としては最下級の繁殖奴隷、娼婦奴隷などとして扱われることになる。

しかし、この馬車にいる女達は違う。
この馬車には光の種族の女戦士達が集められていた。
他の馬車と違い、ことごとくがかたく拘束され、ろくに身動きもできないようにされ、媚薬の量も他の女達の倍量を投与されている。
おそらくは洗脳され、人狩りとして使われるか、あるいは闘技場の闘士として使い捨てられることになる。
なまじ鍛えられ、秀でた能力を持つばかりに、ひときわ悲惨な運命をたどることになるのだった。

「たとえ正式な登録がされてはいなくても、その奴隷は私のものだ。傭兵の奴隷に手を出すとどうなるか、知りたいか?」
「わ、わがっている」

御者は慌てて持ち場にもどった。
いつの間に近寄っていたのだろう?御者は冷や汗を感じながら手綱を握った。



御者の背後で剣に手をかけていた女は、傭兵のひとり。
全身を刺青で彩った蛮族の女だった。
ろくに人相もわからないほどの化粧の中に、鋭い目が光る。
この女は、全身の刺青により敵の魔法を無効化する耐魔剣士だった。
先日の戦でも、そのあとの同業者との奴隷争奪戦でも圧倒的な力をみせていた。
矢はそれ、剣は見えない楯に阻まれる。
御者などの太刀打ちできる相手ではなかった。
しかもやつは、人狩り商人に信用されているのだった・・・。

ろくに人相もわからない不気味な化粧の下、女は笑ったようだった。
のびをすると、マントの下から刺青に覆われた肌が露わになった。
この蛮族の女戦士は衣服をろくにつけないのが常なのだった。

刺青の女、シャザは御者席に座ったまま目を会わせようとしない亜人の御者に冷たい視線を送ると、そのままになっていた馬車の毛布を戻した。

「・・・!」

中の女と目が合う。
エルフの女魔術師キリエだった。
シャザは肩をすくめて笑ってみせると、自分の馬のところに戻った。

「光の種族の女達・・・か。このままいけば数週間後には奴隷の群れというわけか」

シャザはそれきり口をつぐみ、馬の手入れをはじめた。



馬車の檻の中にいるのは、光の種族の落人達の集落から略奪されてきた女達だった。
久し振りの大戦果だった。
人狩り隊は大損害をうけながらも光の種族の集落を炎上させ、多くの奴隷を得た。
人狩り隊は凱旋の途中なのだ。

やがて、しばしの休憩が終わり、キャラバンは動き始めた。
キリエは少しでも体力を温存すべく、目を閉じた。
シャザの所有が確定されているというだけで、他の奴隷達に比べれば大分マシだ。
少なくともシャザ以外の人間や亜人たちにいたぶられる心配はない。

第3話 馬車(3)


他の女達のうめきで目が覚めた。
馬車の中には様々な女がさまざまな拘束具で自由を奪われ、ころがされている。
そのことごとくが媚薬を投与され、常に肌を紅潮させ、股間を濡らしている。
それは異様な光景だった。
キリエ自身、乳首や股間の突起が勃起状態のままもどらなくなるのではと心配するほどだ。

この馬車の全ての女達には、「針」使いの針が打ちこまれている。
この馬車には特に力を持った戦士や魔法使いが集められているためだ。
キリエ達魔法使いには魔力をリークさせる「針」が、戦士達に筋肉を麻痺させる「針」が打ちこまれている。
ご丁寧なことに、「針」使いは快感を高めるポイントにまで「針」を打っていた。

もっとも恐ろしいのはこの快楽の「針」かもしれなかった。
媚薬の効果で性感を高められた女では拘束具の縛めすら快楽に感じるだろう。
精神と肉体のコントロールの修行を積んでいない戦士達や未熟な魔法使い達では、たとえ拘束を解かれ、力を奪う「針」を抜かれても使い物にならない。



かなりひどい状態だが、最悪の状態ではない。
キリエはそう自分に言い聞かせる。
キリエ自身が自由にさえなれれば、「針」は外せるのだ。
この全身を縛める縄。
この縄すらもキリエに快感を与えてくる。
十分に修行したキリエは肉体からのフィードバックを最低にすることによってクリアな意識を保つことができているが、他の女達の多くはは精神集中が途切れたものから快楽に落ちていった。
無理もない。
眠っているときも、起きているときも、食事をしているときにすら快感を送りこんでくるこの肉体。
鍛えられた戦士達といえども、例外ではない。
キリエは唇をかみしめながら、現状を確認する。
いつでも彼らの体からその悪趣味な装飾具をはずせるように手順と呪文とを組み立ててておかなければならない。



ある女戦士は乳首に小さなキャップをつけられているが、これは実はキャップではない。
「すすりムシ」などと呼ばれるホムンクルスの一種だ。
粘膜や乳首に刺激をあたえ、排泄や母乳の分泌を促すのだ。
この女戦士はおそらく数日のうちに母乳を分泌することになる。
成長したすすりムシはさらに彼女の乳腺を刺激し、母乳を要求する。
もともと、女性の母乳は子の口に乳首をふくませてやればかなり長い間母乳を供給するようにできているのだ。
女戦士は二匹の魔物に乳首をしゃぶられ続け、媚薬の働いているからだはその責めから逃れることはできないのだ。
時折、ピチャピチャと「すすりムシ」の舌の音が聞こえるたびに女戦士は体をよじり、甘い声をもらすのだ・・・。

もっと悪趣味なものもある。
胸に花を咲かせている魔法使いがいる。
この花ははるか北から採取される魔界の生物とも言われるもので、生物に寄生する。
この花には葉はまったくない。
葉の下には根があるのみで、根は魔法使いの乳腺全体に根を広げてしまっている。
彼女の乳房はあの花を植え付けられてから一回り大きくなってしまった。
彼女の魔力のほとんどはあの花に吸い取られ、蜜として分泌される。
不老長寿の薬として珍重されるものだ。
彼女にはおそらくはかなり高値がつくことになるだろう。
その花の根は彼女の乳腺から魔力と乳汁を吸いとり、魔法使いの乳房はパンパンに張っている。
媚薬のせいもあるのだろうが、乳房に軽く触れただけでも達してしまうこともあるほどだ。

またある戦士は股間の突起や乳首に小さなリングをはめられている。
これはいたずら小僧のおしおきとして使われる「戒めのリング」と原理的には同じだ。
術者の魔力により収縮したり振動したりする。
彼女の額にはサークレットがはめられており、彼女の意識が従順であれば快楽を、反抗的であれば苦痛をリングに指示するようになっているのだ。
馬車に入れられた当時は毅然としていた彼女も、今はだらしなく口を開き、うっとりとした表情を浮かべている。
彼らに従順でさえあれば、苦痛もなく、快楽が与えられる。
これほど効果的なアメとムチも少ないかもしれない。



馬車の中は女たちのあえぎと、押し殺したうめき、そして女達の放つ淫らな匂いが満ちていた。
そして、拘束具のすれあう音、鎖の音、そして女達の屈辱の涙のこぼれ、滴る音。
暗い馬車の中は繋がれた女達を狂わせる異様な雰囲気で満たされている。



もう、あまり時間はない。
すでにこの馬車の女達はかなり追い詰められている。
このままでは、救出が来ても連携ができなくなってしまう。
幸いなことに、この馬車の女達は高額商品なので、キャラバンのメンバーはあまり手を出そうとはしていない。
体力のロスは比較的少ないはずなのだが・・・。
となりの女戦士が体を不自由な体を倒れこませるようにしてキリエの肩に顎をのせる。
この女戦士も、シャザの持ち物となってからは悪趣味なアイテムは免除されていた。
全身の拘束具はほかと同様だが、意識もしっかりとして体力も比較的温存されている。
かすれたような声で、女戦士はささやく。

「キリエ、そろそろ限界だぞ。あと2、3日のうちになんとかならなければ、私も危ないかもしれない」
「そうね・・・もうちょっと寄れる?」

キリエは口に含んでいた小さな木の実の幾つかを口移しで女戦士に与えた。
食事に入っているものと同じ外見だが、解毒と強壮の効果を持つ丸薬が中に封じ込められている。
お互いの唇から痺れるような快感が広がり、女達は体をふるわせた。

「うん・・・ダメだな。こんな」

こんなことですら快感を感じてしまう。
そのとおりだ。
キリエも照れくさそうにうなづく。

「なるべくみんなに行き渡るようにお願いね」
「ああ・・・だが、本当にシャザは死んだのか?」
「多分、奴隷商人同士の争いのときにね。今いるシャザは化粧で似せているけれど、別人だわ」
「信じられないが、・・・いや、信じるしかないな」

そう、選択枝が他にない以上、あのシャザと名乗る女を信じるしかないのだ。

第4話 馬車(4)


日が暮れた。
キャラバンは森林の端、小さな川のほとりにキャンプを張っていた。
テントの中でも外でも、野営地では多くの傭兵達が自分の獲得した奴隷をいたぶっていた。
森の木々の中から、草の上から、そして天幕の中から女達のあえぎや悲鳴が聞こえてくる。
月の光の下、そこかしこに女が男に組み敷かれているのが見える。



シャザは先日の戦いと、その後の同業者の襲撃を撃退した功績から報酬に奴隷を何人かを約束されていた。
シャザは自分をもっとも苦しめたエルフの魔法使キリエをその一人に選び、夜毎にいたぶっているのだった。
男を相手にせず同姓だけをさいなむシャザの姿を、最初は他の傭兵達も見物していたが、今はすっかり無視されている。
とにかく責めが単調で、しかもけっして見物人を参加させることはないからだ。
今夜もシャザは首輪を引き、月明かりの下に女エルフを連れ出していた。
今日もあのエルフの魔法使いは身動きできなくなるまでいたぶられるのだろう・・・。
やがてシャザは気に入った草むらにマントを広げ、そこにエルフを倒すとおおいかぶさっていった・・・。

「う、痛い・・・」
「痛いじゃないだろう?キリエ。しびれるように気持ちいいの間違いじゃないのかい?」
「バカ。早く全部の針を抜いてちょうだい」
「つれないなあ。何日か前はあんなに声をあげていたのにねえ」
「ふざけないで。ぐずぐずしているわけにはいかないのよ・・・あ、ああっ・・・そんなっ」
「悩ましい声あげなさんなって。微妙なところなんだから、しょうがないだろ」
「ああ、堪忍・・・」
「治癒の呪文は効いているはずだよ、しっかりしな!本物のシャザが使ってたクスリが抜けきっていないだけさ」
「わかっているけど、うん、どうしたって・・・ひっ・・・感じすぎ・・・」

やがてキリエの体から、彼女の魔法力をリークさせていた「針」は除かれ、キリエの体に森や草木の精気が流れ込んできた。

「いけそうかい?」

キリエを抱きしめたまま、シャザが尋ねる。

「ええ。あなたが言った程度の魔法なら、使える」
「上等。他の女達は?」
「大丈夫。あなたにもらった薬のおかげで、それなりに回復しているはずよ」

シャザは満足そうにうなずいた。

「よし。それじゃあ、予定どおり今夜脱出だね」

キリエはシャザの体から流れ込んでくる暖かな精気を感じながら顔をゆがめた。

「ねえ、本当に、助けられるのは私達の馬車だけなの?」
「ああ、他の馬車まで脱出させる余裕はないし、足手まといになるだけだ」
「・・・」

それは、その通りだった。
シャザは魔法使いや戦士の多いキリエ達を優先して逃がそうとしているのだ。
戦力になるものを選んでいる・・・。
光の勢力はまだ戦いを捨ててはいいないのだった。
しかし、仲間の奪還にすらろくに戦力を割くこともできない。
それが、「大戦」に破れた光の勢力の現状だった・・・。

「ねえ、シャザのニセモノさん?あなたの本当の名前は教えてもらえないの?」
「それは、ダメ。私を知るものは少なければ少ないほどいい。」
「でも・・・」
「ありがと。それじゃ、ヒュームとでも呼んでちょうだい」

シャザにすり替わっている女は、そう言うと体をおこし、キリエを抱きしめた。
ヒューム。
それはかつての大戦の際に二重スパイとして活動し、ついに処刑された女の名前だった。
ヒュームには道術の心得があるらしかった。
周囲の正常な「精気」をとり入れ、体内で循環させ、キリエの体に送りこむ。
これはどちらかと言えば性魔術に属するもので、周囲から見れば女同士が交わっているようにしか見えない。
快楽を高いレベルで持続させることにより、意識のチャンネルを合わせ、セックスの際の生命エネルギーの高まりを共有し、増幅しあうのだ。

「今日が最後。キリエ、あなたの力は本物のシャザと戦った時と同様のレベルにまで回復する」

肌に押し当てられた唇から、からまりあう舌から、重なり合う肌のすべてから、すれあう粘膜から快感と、「生命の気」が流れ込んでくる。

「本当は男女でやるのが効率いいんだけどね」
「あ、ふう・・・でも、すごい・・・」
「ふふ、光の勢力では禁忌に属する術だからね。失敗すれば色ボケの大量生産にしかならないもの」

対面座位、測位・・・男女の交合のカタチがシミュレートされ、お互いの間でキャッチボールされる快感は増幅され、より大きなエネルギーを相手に送りこむ。
達することのできない快感はもどかしいが、コントロールすることを覚えてからはそれすらも快感に変った。
単に相手の快感を追いこむのではなく、相手を高めて、それに自分が追い付いていくことにより自分の中のエネルギーの水位が上がっていくのがわかる。
やがて潮が引くかのように快感が去っていき、二人は体を引き離した。
お互いの間に強力なつながりができているのがわかる。
もともとは息の合った男女が長い間かけて習得していくべき術を数日のうちに進めてきたのだ。
少々キリエの精神に影響が出ているのかもしれなかった。

「さあ、行こう。そろそろころあいだ」

第5話 馬車(5)


キリエ自身も驚くほどに、キリエの体力は回復していた。
毎晩のヒューム(シャザ)の治療のおかげだ。

「すごい・・・。ヒューム、あなたは一体何者なの?剣の腕前だって、相当なものなんでしょ?本物のシャザを倒したくらいなんだから」

「私のことは聞かないで。それより、手順をもう一度確認するわよ」



ヒュームの立てた作戦は次のようなものだった。
キャンプ前の見まわりの際にヒュームのしかけた目くらましを発動すると同時に、ヒュームが馬車を乗っ取り、森の奥に向けて脱出する。
追っ手が出遅れれば、キリエが他の娘達にしかけられた縛めを解き、戦いに備える。
追っ手がかかった場合は、キリエが魔法で応戦する。
森の中にはいくつかの気脈があり、そこでキリエかヒュームが「気脈加速の法」を用いて馬車ごと高速移動し、森から森へとたどりながら光の種族の勢力圏へと脱出する。
追っ手にエルフがいない限りは、まず追い付かれる心配はないはずだった。



「さあ、これを持って。あなたのものじゃないけど、役に立つはず」

ヒュームは数本の短剣と弓矢、それに杖をキリエに示した。
杖はみすぼらしいものだが、ヒュームのものらしい「力」がやどっている。

「あいにくと服はろくに調達できなかったけれど、マントや毛布、それに多少の食料が荷台の下に隠してある。落ち付いたら使ってちょうだい」

ヒュームは形だけキリエを縛ると、キャンプに戻った。
牢番の男がそれを迎える。牢番の男の下辛うじて初潮が来ているかと思われるような娘が組み伏せられている。
娘はすでに抵抗する力もなく、喘いでいるだけだ。
本拠地にもどるまでにはおおよその調教が終了しているようにというのがこのキャラバンの方針だ。
毎晩色責めが繰り返され、馬車に揺られていくうちに女達は色ぼけし、牙を抜かれていくのだ。

「あ、ああ、ああっ・・・」

娘はその顔には似合わないほど艶っぽい声で鳴く。牢番は片手を挙げ、誰何した。

「誰だ?」
「私だ。エルフの牝を戻しに着たんだが」
「シャザか。今日は早いんだな」
「やっぱりエルフはダメね。もう弱っちまって、面白くない。あんたの下の娘は元気そうだね」
「お前さんの責めはキツすぎるんだよ」
「ハハッ。大事な売り物だ。これ以上はキズをつけるつもりはないさ。これからは養生させてやらないと、いい値がつかないからね」
「さすがシャザだな、一度くらいはおれにも味見させて・・・!?」

男は一瞬で昏倒した。
ヒュームは素早く男の武器と合図の笛、それにマントを奪った。
マントをキリエに渡すと、分けがわからないでいるらしい娘を馬車に押しこみ、マントを羽織り檻の中に入りこんだ。
ヒュ-ムは素早く馬達に暗示をかける。
暗闇でも怯えないように、戦いの中で恐慌に陥らないように・・・。



「いくよ!」

ヒュームが念を送ると、キャンプのそこかしこから破裂音と弓の音、そして魔力のはじける音がひびき始めた。
光の矢の呪文だ。
周到な準備があったとはいえ、ヒュームの遅延、遠隔魔術は鮮やかだった。

「敵襲だ!武器をとれ」
「光の種族の攻撃だぞ!馬車を中心に円陣を組め!」
「うわあっ!」

光の矢が命中したらしい。
ねらいなどでたらめな光の矢に当たるとは、よほど行いが悪いのだろう。

「馬が盗まれた!」

実際には驚いた馬達が恐怖のあまりに綱を切ってしまっただけのことである。
もちろん、綱にはヒュームが切れ目を入れてあったのだが・・・。
キャンプは一瞬のうちに大混乱に陥っていた。

「それっ!」

かけ声とともに馬車が動き始める。
目くらましの術の仕掛けにも限りがある。
混乱が最高潮に達する前に脱出しなければならないのだ。
重い馬車は、乗っているもの達にとっては気が遠くなるほどののろさで加速していく。
ヒュームのマントが風をはらみ、月光に女の肌が浮かびあがった。
シャザの魔法防御の刺青が奇妙になまめかしい。
ニセモノとはいえ、多少の防御効果があるはずなんだけど・・・。
ヒュームはそんなことを考え、ブルッと体を振るわせた。
さすがに本物のシャザとは違い、夜気はつらい。
ヒュームはマントをしっかりと体に巻き付け、体のエネルギーレベルを上げることにした。
馬車の加速とともに、寒さが引いていく。



間に合うだろうか?

キリエは素早く仲間達の戒めを解きながら幸運を祈っていた・・・。


続く