A-MEN様作
聖帝フェリシアに握られし白銀の剣 騎士と王女の物語 第9章

「第9章 エリス、逃亡する! その1」(第29話)


 聖都から伸びる街道を一台の黒い馬車が疾走していた。
その馬車の側面には黒地に金色の竜の紋章が描かれている。
アヴァロン帝国皇帝、フェリシアの紋章だった。

 当然馬車の中に居るのはフェリシアだった。
対面にジニーとリーザが座っているが、三人とも表情は硬く、一言も喋らなかった。
やがてフェリシアが口を開く。

「リズ、港まで後どの位?」

 懐中時計を見て少し考えてから、リーザは答えた。

「2時間・・・いや3時間かな?僕は馬車に余り乗らないから、正確に予測出来ないよ・・・・・それより陛下、本当にエリスは港に現われるの?」

 フェリシアは爪を噛みながら答えた。

「エリスの逃げる先は、故郷しか無いわ・・・・・・それにしても如何して、こんな事に・・・・・・とにかく絶対エリスは連れ戻すわよ!」

 リーザは黙って首を縦に振った。



 この騒動の始まりは三日前の夜に遡る。
その晩フェリシアは夢を見た・・・夢の中で若い女の白い裸体が数人の男に揉みくちゃにされている。
前後から貫かれ甘い喘ぎを漏らすのは長い金髪の女性である。
自ら男の腰に馬乗りになり、自分で双臀を割り開きアヌスへの挿入を催促する。
それも飛び切りイヤらしい、甘ったれた声で・・・・・・その声には聞き覚えが有った。

 やがて声の主は自分を犯していた男の性器を、さも美味しそうに舐め回す。
その横顔がエリスである事に気が付いてフェリシアは怒鳴り声を上げた。

「エリスッ!一体、何やってるのよっ!!」

 フェリシアの叫び声を聞いて途端に侍従達は飛び上がった。
寝室に飛び込むとフェリシアに駆け寄って声を掛ける。

「ど・・・如何かなさいましたか?」

 フェリシアは自分が夢を見た事に気が付いてホッとした。
と同時に自分が全身冷や汗を掻き、着衣が濡れて身体に纏わり付いている事にも気が付く。
気を効かせた侍従が着替えを持ってくると、もう一人が湯を持ってタオルを絞り、フェリシアの身体を拭き始めた。

 フェリシアは自分の傍らにエリスが寝ていない事に寂しさを覚えると侍従に聞いた。

「まだエリスは帰って来ないの?今日で四日目よね?」

 侍従はフェリシアの着替えに手を貸しながら、

「ハイ、今日も帰って来られない様ですね・・・・・・」

 と言うとフェリシアに横たわる様に促した。

「明日私が軍舎に赴いて様子を見て参りましょう。残務に追われて陛下を放って置くと後が怖いと脅かして来ます」

 それを聞いたフェリシアはクスクスと笑った。
だがフェリシアは内心胸騒ぎを覚えていた。
妙にリアルな夢で全身冷や汗を掻きながら見た時は、子供の頃から「予知夢」で有る事が多いからだ。

 だがフェリシアは「エリスに限って・・・」と思いながら、ウトウトと眠りの中に沈んで行く。

 翌朝フェリシアが顔を洗っていると、行き成り部屋にローザが飛び込んで来てフェリシアに詰め寄った。

「陛下っ!一体エリスに何を、されたのですかっ!」

 フェリシアはキョトンとして何の事だか判らない。だがローザは本気で怒っている様である。

「チョ・・・チョッと落ち着いてよローザ、何を言ってるの?」

 ローザは荒い息を整えながら、尚フェリシアに詰め寄った。

「本当に心当たりが無いのですか?トボケてる訳じゃ無いでしょうね?」

 流石にフェリシアもムッとした。
だがエリスが帰らなかった事が気に掛かる。執務に追われエリスが帰らない事は良くある事だった。
しかし四日連夜で、しかも何も言わず帰らない事は今まで無かった。
そもそも帰って来なくなった四日前も突然過ぎる気がし、加えて昨日の夢も気に掛かった。

「エリスに何か有ったの?」

 ローザが蒼褪めた顔で答える。

「エリスが・・・・・逃亡した模様です」

 フェリシアは、それを聞いて笑い出した・・・・・が、真面目な顔に戻るとローザに言った。

「待ってなさい!直ぐに議会に向かいます」



「昨日、エリス様より辞任の願いが出されました。私も寝耳に水の・・・・・・・」

 大臣の一人がフェリシアに報告する。

「エリス様は今年で軍に就任して5年になり、今後は希望により軍に残られるか否か自由に選べます。しかし幾等何でも急過ぎまして・・・昨日の内に後任の指名状も書いてた模様です・・・・・・」

 フェリシアは渡された書面を一目見て・・・・・握り潰した。中にはローザに後任を願いたいとの一言と、その後の細かい指示、ガラハドにローザの後見を願う旨の記述が読めた。


「第9章 エリス、逃亡する! その2」(第30話)


 此処で帝国での軍人の登用の仕組みと、エリスの来歴に関して説明する。
帝国では一般に兵役は無く、軍に入るには自ら志願して就任するしかない。
希望すると基本的に先ず一年間訓練を受け、各部署に割り当てられる。
本人の希望した部署に就任する事も可能だが、それには適性を認められた上で判断され、其処で二年の仮就任とも言うべき見習期間を経て、正式な軍人に成るのである。
勿論例外は存在する。
特別に試験に合格したり、既に実績が有れば訓練や仮就任は免除される。

 そして中でも志願して厳しい試験を受け合格し、実力を認められて、上級騎士三人以上の推薦と皇帝の許可を受けた者だけが騎士を名乗る事が許されるのだ。

 そして実際に軍に就任して実戦で5年間戦うと、その後は自由契約になり戦争でも起きない限り一年毎に更新するか否かは本人が自由に選択できた。
但し一度でも上級指揮官クラスに成ると退役しても定期的に軍と連絡を取らねば為らず、国外に出国等する時は国の許可が必要になる。
軍事機密を国外に漏らさない為には当然な処置であった。
但し豊かな帝国で軍に入る事は半ばステータス化しており、また給金も他の職種に比べて割が良いので競争率は極めて高く一度軍に入った者が身体が動く内に自分で辞める事は殆ど無いのだった。

 エリスはフェリシアに連れられて聖都に来ると、現・第一騎士団長フォレスに紹介された。
フォレスはエリスの祖父エドガーの部下だった人物で、世話になったエドガーに恩義を感じエリスを暖かく迎えてくれた。
祖父を失ってから我流で腕を磨いて来たエリスの師匠に成ってくれ、エリスを養女として向かえたのだった。
またエリスを自分の養女にした時、エリスの姓を変えさせ無かった。
当時子供だったエリスには、その意味が解らなかったが、やがてエリスにも、その行為が祖父エドガーや父アランに敬意を表しての事だったのだと解る時が来る。

 その後、エリスは軍に入る前に山賊の捕縛(フェリシアと出会いの時)や、フェリシア誘拐阻止、その他諸々の功績と現役の騎士数人の推薦が有ったので、訓練も見習も無しで行き成り騎士に抜擢された。その時もフォレスは後見人に成ってくれたのだった。



 議会には主だった将軍と大臣が揃っていた。帝国にとってエリスの存在は、既にそこまで重要なのだ。

「確かにエリスには軍を自由に辞める権利が有ります。でも私は許可して無い、とにかくエリスとは一回、話をする必要が有りますね。それまでは近衛騎士団は私が直接指示を与えます。良いですね?」

 周りに反対意見を出される前にフェリシアは宣言した。
エリスを追い駆ける為、自分が不在の間の指示をすると議会の議事堂を出ようとする。
そこで人事院の大臣デッガーに声を掛けられた。
人事院は人材の登用や給与を管理する役所である。

「これだから亜人を登用するのは反対なのです。陛下の御寵愛を良い事に、あのエルフの小娘は・・・・・・これからは、純血種の人間のみを登用した方が・・・・・・・・・」

 フェリシアはニッコリ笑うと答えた。

「アラッ!私がエリスを登用いたのが、誤りだったと?」

 途端にデッガーの顔色が変わった。

「イエ・・・そんな積りでは有りません。スイマセン口が過ぎました。御容赦を・・・・・・・」

 コソコソと退出するデッガーの背を見て舌打ちするフェリシアにローザが近付いた。

「今朝はスイマセンでした。てっきりエリスは陛下に虐められ過ぎて逃げ出したのかと・・・・・」

 謝るローザにフェリシアは頬を膨らませる。

「幾等私だって大好きなエリスを其処まで追詰め無いって!」

 だが一瞬で顔つきが変った。
皇帝である時の真面目で厳しい表情である。

「それよりエリスは必ず私が連れ帰ります。だからローザに御願いが有るの!四日前からのエリスの動向とエリスが居なくなった場合、その後釜に誰が昇任するか調べて頂戴。特にデッガーの関係者をネッ!あの肥満豚、態々自分から尻尾出しに来たワ・・・・・・・・多分、私の感に狂いは無いよ!」

 ローザは黙って頷いた。
フェリシアは更に耳打ちする。

「怪しい奴が出て来たら・・・・・徹底的に調べて頂戴、エリスに何かをした筈よっ!」

 フェリシアの瞳が冷たい光を放っていた。


「第9章 エリス、逃亡する! その3」(第31話)


 フェリシアが乗る馬車が一頭の馬を追っていた。
鎧や騎士の制服を着けてないが、
間違い無くエリスだった。だが急にフェリシアは馬車を止めるよう御者に指示する。

「如何したんですか?エリスが逃げちゃうよ!港町に入ったら・・・・・・」

 リーザが言った。

「違う・・・もしエリスが港町に入ったら、外国行きの船に乗らなくても国外逃亡の疑いを懸けられて私の名に傷が付くワ!エリスは絶対に、そんな事しない・・・・・アノ娘は裏の崖を目指しているの、死ぬ気よっ!」

 それを聞いてリーザは凍り付いた。
フェリシアの読みが外れて無いなら、此の侭追い駆けるとエリスを追い詰め殺す事になる。
フェリシアは馬車を下りると舌打ちをした。

「エリス・・・一体貴女は如何しちゃったの?」

 ジニーがフェリシアに声を掛ける。

「陛下・・・陛下がエリス様を追い駆けるのは、代えって彼女を追い詰める結果に成ります。私が話を・・・・・・・」
「イヤ、僕が行くよ!さっき姉さんが宮廷魔導士の術で意識を飛ばして来た。数日前デッガーの屋敷に怪しい老婆が迎えられたって、どうやら暗黒魔導士か呪術師らしいんだ。生贄の鶏や怪しい道具も一緒に持ち込んだそうだから。だから分かるでしょう?多分エリスは、まともな精神状態じゃ無い!可愛そうだけど力尽くで取り押さえるしか・・・・・・・・」

「その役目は私が・・・・・・」

 その時フェリシアの前にレイが現われた。
いつものメイド服ではなく、忍び装束に身を固めている。

「エリス様を取り押さえるには、魔術より体術が必要です。忍者である私の方が向いています」

 フェリシアが言った。

「出来るの?」

 レイは過去、エリスと何度か戦った事が有る。
だが一度も勝っていない、手加減された上に取り押さえられている。
可哀想な言い方だがエリスより戦闘能力は一歩以上劣っていた。

「私はエリス様に一度も勝った事が有りません・・・でも約束します。必ず無傷でエリス様を陛下の元へ・・・・・・」

 フェリシアはレイに抱き付くとレイの肩に顔を埋めた。
その頬が涙に濡れていた事をレイは見逃さない。

「御願い・・・御願いよレイ、アノ娘を・・・エリスを助けて上げて!」

 レイは頷くと同時に掻き消すように消えていた。


「第9章 エリス、逃亡する! その4」(第32話)


 フェリシアの読みは正しかった。
エリスは崖の上に現われたのだ。
飛び降りれば間違い無く死ぬ高さだった。
エリスは馬を走らせながら悲しそうな眼で海を見詰める。
だが崖の淵まで馬を走らせようととしたその時、崖の前を両手を大きく広げたレイが立ち塞がったのだ。

 馬はレイの気迫に脅え高々と前足を上げ踏み止まった。
その為エリスは振り落とされてしまう。
転がりながら体勢を整えたエリスにレイは迫った。

「陛下はエリス様が、騎士を辞められるのも、聖都から出て行くのもエリス様の望み通りにするそうです。ただ、その前に話がしたいと・・・・・御戻り願えませんか?」

 エリスは剣を抜きながら、答える。

「駄目・・・・・私が戻ったら・・・・・陛下は決して私を離してくれない・・・・・私は汚れてしまった。もう陛下に愛される資格は無いの・・・・・・・・・・」



 虚ろな眼で、そう言うと剣を構えレイを睨み付ける。
その自分を失った瞳にレイは見覚えが有った。
だが剣を構えた途端に、虚ろだったエリスの瞳は冷たい光を放ち、殺気が漲る。

「御願いだから私を行かせて!邪魔をするなら・・・・・・・・!!」

 エリスは言い終わる前にレイに切り掛かった。



 馬車は崖を迂回しないと上には出られなかった。
窓から見える崖の上で二つの影がぶつかり合っている。
フェリシアは二人の安否を気遣い、気が気でならない。

 何合か打ち合ってレイは余裕を取り戻す。
思った通りエリスは正常な精神状態では無かった。
エリスが本来の力を出せたなら、残念ながらレイはエリスの敵ではない。
フェリシアが到着するまでの時間稼ぎも出来ないだろう。

 だがレイには勝算が有った。
エリスが実力の半分も出せて無い事とリーザに託されたアイテムが有る。
あと必要なのはタイミングだった。

 血走った目で襲い掛かるエリスの剣を避けながら、レイは刀を構え直した。
本来忍者は、短めの“忍び刀”を使用するモノだが、レイは長めの“太刀”を愛用している。
フェリシアより更に一回り小柄な体躯には、大き過ぎる様に見えた。
だが昔から使っている、この太刀はレイの腕の延長と同然に成っている。

 エリスの剣を受け止め、更に反対から剣撃を繰り出す。
エリスを取り押さえる“秘策”を用意してあるのだが、避けられたり見破られぬ様に出すタイミングが掴めない。
エリスを傷付ける事も、無理して自分が傷つく事もレイには許され無いのだ。

 そんな事に成ればフェリシアが悲しむからだ。


「第9章 エリス、逃亡する! その5」(第33話)


 レイは元、アサシン(暗殺者)だった。
フェリシアを暗殺に来て二人(フェリシアとエリス)と出会い、エリスに敗れて捕えられたのだ。
その時レイは死を覚悟した・・・当時皇女だったフェリシアを暗殺に来て失敗し捕らえられたのだから当たり前だが。
しかしフェリシアはレイを解き放ち、「何度でも殺しに来なさい!」と言いレイを解き放った。

 最初レイは、フェリシアを“余裕を見せつける嫌な女だ・・・”と思った。
だが何度も暗殺に来ても自分を解き放つフェリシアに興味を持つ、やがてレイにもフェリシアは余裕を見せ付けていた訳で無く、命懸けで自分を説得している事に気が付いた。
フェリシアも命懸けで戦っていたのだ!
レイは自分の敗北を認め、自分を奴隷としてアサシンにしていた“狂信的宗教集団”の摘発に協力した。
その後フェリシアに諭され帝国に身を置く事になる。

 フェリシアは普段“意地悪で悪戯好きな、お姫様”である。
確かに其れは事実なのだが同時に自愛に満ちた少女である事をレイは知っている。
もしエリスが傷付けば悲しむのは勿論だが、自分が傷付いてもまた悲しむのは間違い無い。
「自分の愛人を引き止めるのにレイを傷つけた!」と後悔するだろう。
これが戦争でも起きてフェリシアや国を守る為にエリスや自分が傷付くのは仕方が無いが、フェリシアに、そんな後悔だけは絶対にさせたくなかった。
レイは冷静にチャンスを覗う、エリスも自分も傷付かないタイミングを・・・・・・レイはフェリシア、そしてエリスも大好きなのだ。

 その時、チャンスが到来した。

「エリスッ!何をやってるの?剣を収めなさいっ!」

 その場に辿り着いたフェリシアがエリスを怒鳴りつけたのだ。
その声を聞いた途端にエリスが硬直した。正に千載一遇のチャンスだった。

「ハッ!」

 掛け声と共にレイが飛び掛った。
ハッとしたエリスが反射的に剣を薙ぎ払う。
エリスが剣を引く事が出来ない所まで剣を繰り出すとレイの姿が掻き消えて、レイの存在した筈の場所にガラスの球が現われる。
ガラス球はリーザ特製の閃光弾だった。
エリスがガラス球を二つに切ると同時に閃光が閃いた。

 レイは肩から斜めに架けていた鞘に太刀を戻すとエリスを抱き上げた。
失神しているが、怪我は負っていない。
レイは任務を完全に達成した事に成る。
フェリシアにエリスを預けると眼に涙を湛えているフェリシアに向かってレイは微笑んだ。

「約束を守りました。喜んで頂けましたか?」

 フェリシアはエリスを抱いたまま、レイの頭を抱き抱える。
だが厳しい顔に戻るとレイに命令する。

「エリスが正気に返ったとは限りません。レイッ、この娘を縛り上げなさい!」

 レイはコクンと頷くと馬車からロープを持って来た。


「第9章 エリス、逃亡する! その6」(第34話)


 数分後エリスは意識を取り戻す。
閃光弾といえ至近距離で炸裂した衝撃を直接受け平衡感覚を奪われてる、だが数時間で回復するだろう。

 しかしエリスは自分を抱き抱えているのがフェリシアだと判るとガタガタ震え出した。
フェリシアに再開する事を本当に怖れていた様である。
だがそんなエリスにフェリシアは優しく問い掛けた。

「エリス・・・何を怖がって居るの?私がそんなに恐ろしいの?」

 エリスは言葉が出て来ない。その眼は焦点が定まらず、いつものエリスが持っていた強い意志の光も灯っていなかった。

「アウ・・・ア・・・ウ・・・・・・・」

 エリスは会話も出来ない程、狼狽している。
だが幾等何でも、この怖れ方は異常であった。

「エリス、良く御聞きなさい。貴女が本当に私の騎士を辞めたいのなら、貴女が望む通りにしてイイの。聖都を出て行きたいのなら何時でも出てって構わない。でも理由位言ってからにして頂戴」

 エリスは段々と落ち着いて来る。
だがその分、何か悲しみか何かが込み上がってる様であった。

「好きな男の人でも出来たの?その方と添い遂げたいのなら、私は邪魔なんかしないよ。寂しいけど祝福してあげる・・・・」

 これはフェリシアの本心だった。
エリスもフェリシアも元々純粋なレズビアンでは無かった。
偶々一番大切で大好きな人間が同姓だっただけである。
フェリシアも常日頃から「エリスに好きな男性が現われたら、お友達に戻る」と言っていたのだ。

 だがエリスはフェリシアの問い掛けにフルフルと首を横に振った。

「何か取り返しの付かない失敗でもしたの?」

 エリスは横に首を振った。
最もフェリシアもコレが当りと思って無い。
エリスはミスを犯しても逃げる事や、人に擦り付ける事は絶対にしない、自分で責任を取り罰を受けるだろう。
その位はフェリシアだって知っている。

「私の事が嫌いになったの?」

 フェリシアは言ってから後悔した。
肯定する答えが帰って来ると思わなかったからだ。
だが予想に反して信じられない言葉がエリスの口から出た。

「そ・・・そうです。」

 フェリシアの顔から血の気が退いた。
エリスはガタガタ震えながら言葉を続けた。

「わ・・・私は陛下の玩具じゃありません。陛下は何時も私の事を玩具の様に・・・もう私に構わないで下さい。」

 気の小さい小娘なら、恋人にこんな事を言われれば泣き出すだろう。
だがフェリシアは仮にも帝国の皇帝である。
フェリシアが暴君ならエリスは即刻殺されるだろうが、名君として名高いフェリシアはその様な真似はしない。
ただ聖都から放り出されるだけ・・・エリスは言ってから、そう思った。

 だがエリスの考えは甘かった。
エリスも精神的に追い詰められて無ければ判っていた筈だ。
フェリシアが、エリスの考えなど見抜けない甘い人物で無い事を・・・・・フェリシアは溜め息を吐くとエリスの頬に平手打ちを御見舞いした。
更にキョトンとしてるエリスを、凄い剣幕で怒鳴り付ける。

「私を甘く見ないで!私は貴女の所有者よ、エリスの考えなんか御見通し何だから・・・じゃあ聞くけど本当に私が嫌いに成ったのなら、何故貴女は泣きながら私を嫌いって言っているの?そんなに涙を流しながら言ったって、信じられる訳が無いじゃない!一体何を隠しているの?」

 エリスは自分がフェリシアに「嫌い」と言いながら涙を流している事に気が付いていなかった。

「エリス、貴女を逮捕します。聖都に連れ帰りエリスの本音を全て白状させて上げる・・・・・覚悟なさい!」


「第9章 エリス、逃亡する! その7」(第35話)


 エリスを馬車の中に押し込むと、フェリシアは外の御者台に座った。
流石にアソコまで言われてはエリスと同じ場所に居ずらいのだろう。

「エリス様は“自分が汚された”と仰いました。と言う事は、言葉通りに受け取れば何者かに身体を犯されたのでしょうか?」

 レイが無表情ながらも心配そうに言った。それを聞いてフェリシアが答える。

「この国・・・ううん国外を含めて、あの娘を力尽くで犯せる強者が何人居るかしら?」

 リーザが口を挟む。

「エリスは、お酒に弱いでしょう?酔い瞑されて・・・って事は有るんじゃないかな?薬や魔法で動きを封じられたかも知れないし」

 フェリシアは首を横に振る。

「自分でも酒に弱いの自覚してるモノ、宮殿外で酔い瞑れる程エリスは間抜けじゃ無いよ。薬を盛られるほど隙の有る娘じゃ無いし、・・・それにエリスは犯されて無いよ。エリスの眼を見たでしょう?あの眼には心当たりが有るの・・・昔、お父様が生きてらした頃“奴隷禁止令”や“人を生贄を使う儀式と、それを行う宗教の規制”の二つの法律を制定した時、最後まで強行に反抗した宗教が有ったじゃ無い?あそこの呪術を掛けられた眼にソックリなのよ」

 レイも頷いた。

「間違い有りません。アレは多分、暗示を併用した強力な呪術・・・東方の呪法です!」

 リーザが唸った。

「そうか・・・レイは昔、その宗教が作った秘密結社の奴隷だったものね?さっき姉さんから連絡が有ったけどエリスが失脚した場合、近衛騎士団の団長は女のカミーラ将軍が就くでしょう?その時欠員が出た騎士団の団長に誰が一番近いと思う?」

 フェリシアが面白くも無さそうに答える。

「デッガーの息子が騎士だったわね?確かデブリスって名前の余り良い評判を聞かない奴ね・・・・・そう言うことか。」
「それに僕の聞いた話じゃあ、そのデブリスってエリスに求婚して断られてるんだ。何度か女の子に乱暴を働いて金で収めたって話も有るし・・・・・・」

 フェリシアは鼻でせせら笑った。

「成る程、エリスの最も嫌いなタイプね。人事院の大臣を親に持つと、そんなクズでも騎士に成れるんだ。私の改革もマダマダ甘いのね?」

 フェリシアにとって、これからの課題と成った様である。

「それとコレが一番重要なんだけど・・・・・・・・・」

 リーザは一回言葉を区切った。

「デッガーの家は代々その宗教の信者・・・って訳じゃ無いんだけど後援者だったらしいんだ!」

 フェリシアは納得した。

「覚えてる・・・その頃まだ貴方達は帝都に来ていなかったから知らないでしょうけど、宗教と関係を疑われていたデッガーは、あらゆる手を尽くして無関係を訴えたの。結局お父様も決定的な証拠を揚げられなくて、デッガーを不問にしたけど・・・・・・今度こそケリを突けてやる!」

 だが、そんなフェリシアをレイは諌める。

「この際デッガーなど如何でもイイでしょう?後で幾らでも叩き潰せます。問題はエリス様です!」

 途端に辺りを沈黙が包む。

「エリス様は多少正気を失ってますが意識も思考もハッキリしています。その上でコノ振る舞い・・・生半可な事で暗示は解けませんよ」

 フェリシアが疑問を放った。

「呪術じゃ無くって?」
「呪術を使いエリス様に暗示を架けたのです。エリス様は魔力の高い方ですから直接呪いなど架けたら魔法防御で並の術者では跳ね返されてしまいます。かなり高位の術者でも何割かは跳ね返せる筈です。時間を掛けて、エリス様に気付かれない弱い呪いを使い、何か陛下の傍に居られない状況を信じ込まされて居るのです。本心を偽ってまでも・・・」

 レイが言ってるのはエリスがフェリシアに「もう愛してない」と言った事だろう。

「エリス様に嘘を吐いている事を認めさせた上で本心を話させ、更に現実を伝えて、ソレを信じさせなければ成りません。しかし今のエリス様が陛下相手でも本心を話すでしょうか?・・・更に偽りを認め、現実を信じさせる事が出来るか如何か・・・・・・・・・」

 だがレイの言葉を聞いたフェリシアの顔がパッと明るくなった。

「何だ!そんな事でイイの?簡単な事じゃない♪」

 レイとリーザが驚いた。

「簡単・・・ですか?僕には信じられない」

 思わず呟くリーザにフェリシアはウインクする。

「簡単よ、エリスに嘘を認めさせるのなんか・・・勿論本心を白状させるのも!」


「第9章 エリス、逃亡する! その8」(第36話)


 聖都に戻るとフェリシアは、レイに命じてエリスを地下の大浴場に連れ込んだ。
警護の兵も締め出し、数人の侍従・・・それも腕力が有る者だけを、その場に残す。

「さてと、エリス。貴女に何が有ったか聞かせて貰うけど、素直に白状しないでしょう?御仕置きを兼ねてキッツイ拷問にかけてあげるから覚悟しなさい?レイ、エリスの着衣を全て剥ぎなさい!」

 レイはフェリシアの指示に従いエリスの着衣を小刀で切り裂きながら、エリスに耳打ちした。

「エリス様、貴女の今回の行為には私も怒っています。何時もの様に私が手心を加えると思わないで下さい。」

 そう言ってエリスの着衣を切り刻んでエリスを全裸にすると、両手両足を各ニ~三人で大の字に押え付けてしまった。
確かにレイは今まで何度かフェリシアに嬲られるエリスを助けてくれた。
わざと緩めに縛ってくれた事も有ったが、今日は肌に食い込み痛みが走る程、きつくエリスを縛り上げる。
怒っているのは一目瞭然だった。

「貴女、レイに自分が汚れたと言ったそうね?じゃあ先ず綺麗に洗って上げましょう」

 エリスが顔を上げるとフェリシアの後ろには数人の侍従が長い柄の付いたブラシを持っていた!
それは庭の石像を洗う為のブラシだった。
床を洗うデッキブラシに似ているが毛は柔らかく石像に傷が付かない様に造られていた。
だがアクマで石像を洗う時の話である。

「キャアーーーーーッ!」

 侍従が数人掛りでエリスの身体にブラシを掛けると同時にエリスの悲鳴が上がる。
更に他の侍従達も海綿でエリスの脇や股間を擦り始めた。

「ヤ・・・ヤメテ・・・・・・止めて下さいーーーーーっ!」

 浴場にエリスの悲鳴が響き渡るが誰の手も止まらなかった。
やがてエリスの身体が泡でスッカリ包まれると誰とも無く湯を汲み上げてエリスの身体を流し始めた。
その頃にはエリスの両眼は真っ赤に泣き腫れていた。

「エリスッ!まだ自分が汚れていると言う積もり?」

 フェリシアの声が響く・・・エリスは息を整えるとユックリ顔を背けた。
だが、その途端顎を掴まれて強制的にフェリシアの方に向かさせられる。

「答えなさいっ!」

 フェリシアの厳しい声が響く。
エリスも観念して答えざるを得なかった。

「御願いです・・・エリスはもう・・・もう・・・・・・」
「“もう”何よっ!」

 詰め寄るフェリシアにエリスは言った。

「エリスはもう陛下の御相手は出来ません。陛下を愛していないんです」

 だが言った途端にフェリシアの平手打ちが飛んで来た。

「マダ言うの?イイワ今度は私自ら貴女の身体を綺麗に洗い流して上げる。身体の内側からネッ!!」

 フェリシアはエリスの髪を掴んで顔を上に向けさせた。
更に左手で顎を掴むと頬を押し無理やり口を開けさせる。

「覚悟なさい・・・チョッとした地獄を見せて上げる!」

 そう言うと侍従の運んで来た水差しを持ちエリスの口に押し付ける。

「エリス幾ら貴女でも許さない。あの一言は私にとって・・・・・・・・」

 言いながら水差しを更に傾けてエリスの喉に水を流し込む。

「最も重い罪なのよ!」


「第9章 エリス、逃亡する! その9」(第37話)


 水差しの水は溢れながらも殆どエリスの喉に流し込まれた。
量にして2リットル近くエリスの胃に収まった事になる。
フェリシアは水差しを侍従に渡すとエリスの顎を放し、何やら呪文を唱えた。
その途端エリスの体内に変化が訪れる。

「こ・・・これは、ヒッ・・・イヤッ、イヤァーーーーーッ!」

 暴れるエリスを数人掛りで押え付けると、フェリシアが言った。

「言ったでしょう“綺麗に洗って上げる”って、水差しの水の中に風の精霊の魔力を封じて有ったのよ!」

 エリスの顔から血の気が引いた。

「完全に属性が反してる訳じゃ無いから風の魔力は水と混ざって暴れるわ。だから貴女の身体の中で水が渦巻きながら下に降りて行くの!身体の中の汚い物をコソゲ落としながら・・・・・」

 エリスの歯がカチカチと音を立てる。

「その水が終点まで来たら貴女は何時まで耐えられるかしら?」

「ヒッ、ヒィ・・・・・」

 エリスは喉をから悲鳴を漏らすと、その場から逃げ出そうと暴れ出す。
だが素早くフェリシアはエリスの首に皮の首輪を締め上げた。
首輪には魔法が掛かっておりエリスの腕力と魔力を封じ込める。
コレでエリスは一般市民の少女と何ら変らない。



 やがてエリスの身体がブルブル震え出した。
渦巻いている水の塊が小腸を抜けて大腸に達したのだ。

「イヤッイヤァ・・・ヒャアァァァァァツ!」

 悲鳴を上げるエリス。肛門の内側に冷たい感触が押し寄せて来たのだ。
冷たい感触の水の威圧感は、今にも爆ぜそうな強烈な便意をエリス呼び起こしたのだ。

「イヤッ、イヤァーーーッ!」

 エリスは、身を捩って逃げ様とした。
しかしレイが、片手でエリスの後ろ手に縛られた手首を掴み、もう片方の手でエリスの髪を鷲掴みにして頭を床に押し付けていた。
エリスは高く双臀を上げたまま、逃げられない状態だった。

 だが、エリスにとって最も問題なのはフェリシアはエリスが猛烈な便意に苦しんで居るのに、エリスの双臀の前で仁王立ちに成ったまま、其処から動こうとしない事だった。
 今日フェリシアがエリスに施した魔法は、今までの浣腸などより遥かに効き目が強く、今にも全て噴出してしまいそうである。
もし我慢が出来なくなったらエリスの意思とは関係なく、もの凄い勢いで出してしまうだろう。
頭を床に押し付けて高く双臀を上げた侭で、そんな事に成ったら・・・フェリシアの身体を排泄物で汚してしまう!

「陛下御願いです。退いて下さい・・・其処から退いてーーーーーっ!」

 エリスは大声で怒鳴った。
だがフェリシアは一向に動こうとしない。

「なによ、私が嫌いに成ったんでしょう?だったら汚い物を私に向かって、ぶちまければ良いじゃない?」

 エリスは首をフルフルと振りながら身体を強張らせた。

「イケマセン、そんな・・・だ、駄目ェ!」

 その時エリスの下腹からグルグルと低い音が鳴った。

「どうして?私が嫌いなら躊躇う必要は無いじゃない?遠慮なく私を汚しなさい!レイッ、御願い!」

 レイはエリスを離すと数歩離れた床に有る円形の金属板を持上げる。
この大浴場は掛け流しの天然の温泉なので、湯船から溢れ出した温泉がゴーゴーと音を発てて下水に流れ込んでいる。
この金属板は排水溝の蓋なのだ。

「アソコに跨れば、殆ど私に見られる事無く貴女の恥ずかしい排泄物を下水に流せるわ。けど、正直に自分の気持ちを白状しない内は跨らせて上げないからね!サア、如何なの?言っとくけど嘘を見破れない様な私と思わない事ね。」

 そう言うと鞭を構える。普段エリスを責める乗馬鞭でなく、長さが柄を除いて50cm幅は20cmも有る巨大なパドルであった。


「第9章 エリス、逃亡する! その10」(第38話)


ズッバーーーンッ!

「ウワアーーーッ!」

 物凄い大きな音を立てパドルがエリスの尻を打ち据えた。
殴打面積が広いから痛みや衝撃が少ないと考える者も居る様だが、とんでもない間違いである。
その分重く作られて、更に遠心力が追加し加速も付く。
肉体的打撃も大きく、痛みや衝撃も一本鞭と違った意味で強烈であった。

「ヒッ、ヒグゥ・・・ハウッ・・・・・・・・・・・・・・」

 エリスは意識が飛び掛けた。
だが意識が飛んだら肛門から力が抜けて、自らフェリシアを汚してしまう。
エリスは歯を食い縛って意識を取り留めた。
だが、次から次へと繰り出されるパドルの殴打にエリスは打撃に耐えられなくなった。



「陛下止めて、止めて下さい。陛下を汚すような事をしたら私・・・私は・・・・・・・・・・・」

 エリスは振り返って、フェリシアに懇願した。
だがフェリシアは手を休めず、パドルを振るいながらエリスに詰問する。

「さあエリスッ白状なさい!本当に私が嫌いに為ったの?」
「アァ・・・・・・クッ!」

 エリスは限界だった。
此の侭では今にもフェリシアの身体を汚してしまう。

「う・・・嘘です。エリスは嘘を吐いてました。陛下を嫌いになど成って居ません!御願い・・・御願いですから、せめて其処から退いて下さい。陛下を、この手で汚したら私は生きてはいられません!」

 フェリシアは鼻で笑う。

「この期に及んで私を脅迫するの?脅迫に屈する訳には行かないワ!」

 エリスは顔面を蒼白にした。
後ろのフェリシアに懇願する。

「そんな積もりは・・・アアッ!駄目・・・駄目ェ・・・許して、お願いです・・・ユルシテェーーーッ!」

 だがフェリシアはレイに目配せをした。

「まあ本心を白状したんだから許して上げる。さっさと汚い物を出して来なさい!」

 エリスはホッとして立ち上がろうとした。
だが限界まで我慢したので立ち上がったら緊
張の糸が切れそうだった。

「ア・・・アゥ・・・・・・」
「もう立つ事も出来ない様ね?仕方ない娘ネ、レイお願いするわ」

 レイは頷くとエリスに肩を貸し排水溝まで連れて行った。
エリスは半分、引き摺られる様に運ばれて行く。
そしてレイに支えられて排水溝を跨いだエリスは、その途端我慢の糸が切れる・・・・・・・・・・。



 エリスが泣きながら用を足すと、レイは桶に湯を汲んで来てエリスのオシリを洗い清める。
幾ら直接見られ無いにしてもフェリシアの眼前で恥を晒した上、レイに後始末までされている。
エリスは涙が止まらなかった。

 だが洗われるとエリスはフェリシアの前に引き立てられて同じ格好をさせられた。
さらにフェリシアの手に先程と同じ水差しが在るのを見て悲鳴を上げる。

「私が一度で許すと思ったの?貴女には聞きたい事が山ほど有るの・・・次は“何をされて身体が汚れた”のか白状して貰うから・・・・・・」

 と言ってエリスの口に水差しを押付けた。
その晩、エリスの悲鳴は深夜まで止まらなかった。


「第9章 エリス、逃亡する! その11」(第39話)


 エリスを拷問して聞きたい事は全て聞いたフェリシアは、自分の私室に戻ると思わず溜息を吐いた。
聞いた情報が余り役に立ちそうも無かったからだ。
エリスは取り敢えず地下牢に居れてある。

 エリスは執務の帰り暴漢に襲われ取り押さえられると、薬を嗅がされて犯されたのだと語っている。
相手は複数で誰だか見当も付かない。
薬で可笑しくなったのか自ら進んで足を男に開いたのだと・・・
更にその後、この事を脅迫され何度も呼び出され男達に自ら身体を開いたと告白する。
そんな汚れた自分はフェリシアの寵愛を受ける資格が無いと言うのだ。

 ここに来てフェリシアは先日の予知夢はエリスの体験である事に気が付いた。
だが同時に確信する。
このエリスの体験は間違い無く現実の物ではない・・・・・・と。
暫くすると誰かが扉をノックした。フェリシアが入室を許す前にリーザが銀のトレイを持って入って来る。

「陛下、昨日から何も食べて無いでしょう?身体に良くないよ」

 フェリシアの机の上にトレイを乗せカップをフェリシアに手渡した。
鼻腔を擽るスープの美味しそうな香りが立ち上るが一向に食欲が沸かない。
だがリーザは、そんなフェリシアの背中をバチンと音を立てて平手打ちにした。

「チョッと何するのよ!」

 怒るフェリシアにリーザは言った。

「陛下が沈んでて如何するの!エリスの本心を聞き出したからって暗示を説く第一段階でしか無いんですよっ!」

 だがフェリシアは手の中でカップを玩びながら、

「そんな事、言ったって・・・・・」

 と不貞腐れている。
正直自分の知らない間にエリスが追い詰められてた事が悔しいのだ。

「エリスの暗示を解いて、呪術を使った輩を叩きのめすのは陛下でしょう?そんな事じゃエリスを救う事も、国を治める事も出来ませんよ。さあ無理矢理にでも食べ物を飲み込んで体力を付けなきゃ・・・さもないと私がエリスを盗ってしまいますからねっ!」
「そんな事させないよっ!」

 と怒鳴ってからフェリシアはリーザに乗せられた事に気が付いた。
クスクスと笑い出し左手のカップからスープを飲んで右手でパンを掴む。
相当行儀悪い食べ方だがフェリシアがすると何故か様に成ってしまう。

「でも手詰まりなのも確かね・・・・・・」

 呟くフェリシア、だがリーザは笑っている。

「陛下、姉さんや他の騎士の皆も動いています。もっと私達を信用して下さいよ・・・第一手詰まってなどいませんよ。こんなに早くエリスに嘘を認めさせて真実を聞き出せるとは・・・流石は僕の恋敵ですよ。エリスの心を逆手に取るなんてネ」

 リーザは本心から言った。
フェリシアにも余裕が生まれて来て普段の不適な笑顔に成る。

「陛下に愛情と忠誠を持ち、そして崇拝しているエリスは、如何に暗示を掛けられていても自分の汚物で陛下を汚す事なんか出来なかったんだ。ソレを脅迫材料にされたら本心を白状しない訳に行かない。流石ですね・・・でも暗示で真実や本心を陛下に告げられないと思い込んでたのでしょう?あそこで舌を噛んだりする可能性は無かったの?」

 この時にはフェリシアも普段の自分を取り戻した。
不適に微笑むとスープでパンを流し込み説明する。

「舌を噛んで死んだら自分の身体が私を汚す・・・アノ娘にそんな真似出来ないもの・・・じゃチョッと出かけて来るワ」
「姉さんの所だね?僕も行くよ」

 リーザが応える。
そして二人は身支度を整え、軍本部へ向かった。
ローザが何か掴んだかも知れないからだ。
そしてローザはフェリシアの期待に応えるだけの成果を上げていた・・・・・・・・・。


「第9章 エリス、逃亡する! その12」(第40話)


 その夜の事である。
ガチャン・・・・・・・・・・・・・

 金属の音を聞いてエリスは目覚めた。
身体は疲れて動かないが、辛うじて上体を起こし顔を上げる。
そして闇に目が慣れて来ると牢の中に誰かが居る事に気が付く。
鉄格子の窓から差し込む月の光に照らされたのはフェリシアの顔だった。

「陛下、この様な場所に来てはいけません・・・すぐ御帰り下さい」

 その言葉を無視するとフェリシアはエリスの前に座り、その身体を優しく抱き締める。

「エリス・・・何でこんな事に成る前に話してくれなかったの?術を掛けられた初めの内なら如何にでもする事が出来たのに・・・・・・・・・」
「エッ?」

 エリスはフェリシアの言葉が理解出来なかった。

「貴女は呪術で暗示を架けられただけなのよ。貴女は知らない男達に身体を汚されてなど無いのよ」

 エリスはフェリシアの言葉が信じられない。
イヤ、信じられない様に暗示が架けられて居るのだ。

「エリス、今の貴女は私の言葉が信じられない・・・・・・のでしょう?」

 エリスはガクガクと頷いた。

「では私の目を見なさい。そして思い出すのです」

 そう言われても正面から見据えられては目線を外す事など出来ない。
其れ位フェリシアの瞳は力強かった。

「今まで私が一度でも貴女に嘘を言った事が有った?からかった事は何度も有ったけど騙した事が一度でも有った?貴女は私の言葉が信じられない?」

 エリスの首がフルフルと左右に振られ、両目から涙が零れる。

「陛下が私に嘘を吐いた事など、一度も有りません!」

 フェリシアは満足げに頷いてエリスの頭を抱き優しく撫で付けた。
エリスは現実を認めた・・・と言う事は暗示は解けた事になる。



 翌朝、エリスの鎧を持って地下牢に赴いたレイはエリスに言った。

「帝国裁判所前の広場に出頭する様にとの陛下の命令です」

 それを聞いてエリスは怯えた。
恐れているのは“裁かれる事”でも“罰せられる事”でもない、自分が裁判に掛けられる事によってフェリシアの名に傷がつく事が恐ろしいのだ。
怯えるエリスが着替えを終わると、レイはエリスの手を後ろ手に縛り上げ、その侭エリスを裁判所に連れていった。


「第9章 エリス、逃亡する! その13」(第41話)


 帝国中央裁判所の前の通りはフェリシアが皇帝を戴冠した時に大掛かりな区画整備を行われた。
フェリシアは前の公園に大きな舞台を拵えて市民に開放したのだ。
だがフェリシアは只、市民に開放する為だけに舞台を拵えた訳ではない。

 普段は劇や音楽のステージに使われているコノ舞台は、大きな事件が有ると公開裁判所になるのだ。
“国民の眼の前”で“国民の納得する罰”を罪人に与える為で、特に政治に関する裁判は必ずこの場で裁かれている。

 エリスは被告人席に連行されると思っていた。
だが其処に立っていたのはデッガーと息子のデブリスである。
デッガーは必死にフェリシアに無実を訴えた。
だがローザが老婆を引き立てて現れると顔が真っ青に成る。

「この老婆に見覚えが有るでしょう?先の皇帝、私の父上が禁止した暗殺を教義にする宗教の残党です。貴方の援助と手配で生き延びたのね・・・確か東方の国から流れて来た呪術使いが起こした宗教だった。私の配下、騎士ローザが貴方の屋敷で呪術の最中に取り押えました。エリス将軍に私を裏切ったと思い込ませ排除した後、騎士団長の欠員に自分の息子を据えようと画策したのは露見してるのです!」

 フェリシアが述べると聴衆からブーイングが沸き起こる。
それはフェリシアが立ち上がって右手を上げるまで続いた。

「帝国の重臣から罪人が出る事は残念です。しかし出た以上罪に相応の罰を与えなければ成りません。国政に私欲を絡めた事は重罪です!」

 と言うと二人に向かって宣言した。

「領地、財産を全て没収した上で鉱山刑務所で30年の重労働、その後国外追放します。死刑に成らなかったのを有難いと思いなさい!」

 これは嘘である。
怒りに燃えるフェリシアは最も過酷な刑を与えたのだ。
今まで散々放蕩し贅沢をして生きて来た二人に重労働は最も辛い罰だと考えたのだ。

「早速、刑を執行なさい!」

 兵士に引きずられて行く二人を見送ると聴衆より拍手が舞い起こった。
だがフェリシアは手を上げて聴衆を静かにさせると大きな声を張り上げた。

「近衛騎士団団長の騎士エリスを連れて来なさい!」

 レイはエリスを縛っていた縄を解くとエリスに前に進むよう促した。
エリスは自分の立場を思い知る。
理由は如何で有れエリスはフェリシアを裏切り逃げ出したのと同じであった。
希望延任の期間だから脱走した事には成らないが、此の侭では示しが付かないのも確かである。
それにフェリシアは罪を犯した者が如何に親しい人間だろうと手心は加えない。
罪や失敗に相当な罰を与えるのは間違い無かった。

 エリスが前に立つなりフェリシアは大声でエリスを叱り付けた。

「エリスッ!貴女とも有ろう者が、かような陳腐な罠に嵌って如何するのですかっ!恥を知りなさいっ」

 エリスの身体がビクンと振るえる。

「も、申し訳御座いませんでした」

 力無く謝罪するエリス、だがフェリシアは更に叱り付けた。

「分かっていますね?幾ら呪術を掛けられたと言え許可なく騎士団から出たのは脱走と同じ、その貴女を一騎士団の長を任せる訳には行きません・・・・・・」

 エリスは下を向き歯を食い縛った。
次の言葉が想像出来たからだ。

「騎士の身分を剥奪し、騎士団より追放します!」


「第9章 エリス、逃亡する! その14」(第42話)


 途端に民衆よりブーイングが上がった。
エリスの今までの活躍を考えれば温情が有っても不思議でない。
イヤ他の騎士なら温情で追放は免れた筈だ。
余りに親しい立場のエリスに対し周囲の示しが付く様、相場より重い罪を掛けていると思ったのだ。

 だがフェリシアの本心は違う。
示しの為でなく国政のアドバイザーを兼任し、フェリシアに次いで軍の最高責任者であるエリスが、呪術など架けられたのは無用心過ぎると叱って居るのだ。

「依存は有りませんネ?」

 エリスはフェリシアの問いに力無く首を縦に振った。
その眼からはポトポトと涙が零れている。

「しかし如何に帝国広しと言え、貴女の代りに成る程の者は滅多に居ません。今までの功績を踏まえ、特別な温情を与える事にします」

 だが、その言葉を聞くなりエリスは声を上げた。

「ソレは成りません!軍規を乱した私が何の罰を与えられず残ったら・・・陛下が理想とする平等な国政に反するでは無いですかっ?悪いのは私なのです!だから如何か厳しい処罰をっ!」

 フェリシアの表情が厳しくなった。

「判っている様ですね・・・なら話が早いです。如何に罠に嵌められ、呪術を受けたとして貴女の行動は許せるモノでは有りません。本来は追放の所を軍に残すと成れば、それと同じか・・・イイエそれ以上の罰を受けて貰わなければ成りません」

 その時エリスは後ろに気配を感じ、振り返った。
そして其処に地下ドームの処刑人が鞭を手に立っていた。
エリスは二歩、三歩と後ろへ下がりフェリシアを仰ぎ見てフェリシアの言いたい事を理解した。
軍に残りたければ遺恨が残らぬ様、全国民が納得する罰を受けろと言っているのだ。
フェリシアは静かに言い放つ。

「エリス、選ぶのは貴女です」

 エリスは震えていた。周りは者は、この様な場所で鞭打たれる事を恐れ振るえていると思った。
だがエリスはフェリシアに向かって笑顔で微笑んだのだ。
エリスが震えていたのは恐ろしいからでは無く、嬉しかったのである。

「わ・・・私に軍に残る道を残して頂き有難う御座います。こんなに嬉しい事は有りません。勿論エリスは鞭打ちの刑を選ばせて頂きます。陛下・・・本当にアリガトウ御座います」

 エリスは人目も気にせずフェリシアに駆け寄ると足の甲にキスをした。
何度も何度キスをして一礼し舞台の中央へ進み出た。



 この時代、鞭打ち刑はポピュラーな刑罰であるが、帝国も例外では無い。
ただフェリシアの帝国では“みせしめ”としてだけで行われる事が無かったのだ。

 余程の重罪人以外は人目の付かない場所、男は裁判所中庭、女は修道院で執行される。
ただし人身販売に荷担した者や奴隷商人、強姦の罪で裁かれた者は裁判所前、この舞台で鞭打たれる事が有る。
軍人・・・それも軍の最高指揮官の一人である将軍がココで鞭打たれるのは前代未聞の話だ。
しかも若く美しい女性が受けるのは・・・・・。

 エリスは鎧の下で腹部を締めていた布(戦いの時、腹を裂かれて内臓が出ないようにする為の物)を取り出して丁寧に広げると鎧を脱いで上に置いた。
フェリシアから賜った鎧を地面に置く訳には行かない。
そして服、下着を全て脱ぎ去ると前を自分の着衣で隠した侭、身体を前に倒した。
自分の背中とオシリは観衆から丸見えだが仕方なかった。

 そして鞭打ちの刑が執行された。



「ハウッ、ウウッ・・・痛ゥ・・・ヒッ、アウッ・・・・・・・」

 刑場と化した舞台にエリスの呻き声が響く。最初エリスは悲鳴は愚か呻き声も上げず我慢していたが100発を超えた辺りから呻き声を我慢する事が出来なくなっていた。
多分200発を数える頃には悲鳴も我慢出来なくなるだろう。

そして予想通り悲鳴が上がり始めると度々エリスは失神していた。
だがエリスが気を失っても鞭が止まる事は無かった。
それどころか気を失うと水を掛けられ起される。
最初は若く美しいエリスが裸で鞭打たれるので見物していたスケベも居たが、やがてエリスを庇い刑を止める様に求める声が高くなっていった。

 しかしエリスの鞭打ちは法に定められた上限の300回を数えるまで止まる事は無かった。
舞台を見ていた少女は自分が打たれる様に泣き、老人には気を失う者も出た。
それでもフェリシアは許さなかった。


「第9章 エリス、逃亡する! その15」(第43話)


 その夜、

「ア・・・アウ・・・・・・・」

 エリスは手足の指先に走る痛みに眼を覚ました。
結局フェリシアは裁判での鞭打ちだけでは許してくれず、エリスは宮殿の池に浮かぶ岩の上に鎖で縛り付けたのだった。

 この池は巨大な獅子像の口から放射線を描いて水を流しており、エリスが縛り付けられてる岩の上に降り注いでいる。
だから本当はエリスの鞭打たれた双臀と背中を、その水が直撃している筈だった。
だが気を失っている内に身体が下に落ちていて、流水はエリスに直接当っていない。

“有難う御座います・・・この罰は陛下が私を騎士団に残す為に用意して下さったのですね”

 そう思ってエリスは背後の柱の影より自分を見詰める気配に対し、口に出さず感謝した。
エリスは、どんなに厳しい体罰よりフェリシアの傍から離れる方が、よほど恐ろしい罰なのだ。
勿論騎士団から追放されても愛人としてフェリシアの傍に居る事は出来るだろう。
だが其れでは意味が無い、エリスはフェリシアを守りたい、役に立ちたいのだ!

 エリスは歯を食い縛って殆ど感覚の無い手に力を込めると鎖を掴み、自分の身体を岩の上に引き上げて行く。

“折角陛下が私に償う機会を与えてくれたのだ。キチンと罰を受け、心の底から陛下に償わなくては・・・・・・”

 そう健気に思うと自分の身体に冷たい流水が当る場所まで自分の身体を引き上げる。

「クゥ・・・アッ、アッ・・・・・・・・・・・・・・・・」

 水が身体を直撃するとエリスは呻き声を上げた。
エリスの身体には双臀や背中だけでなく二の腕や太腿にも鞭の跡は付いている。
その全てから凍み付くような痛みが走っているのだ。

「あっつ!ヒャウッ・・・・・・・ヒィ・・・・・・・・・」

 エリスの肛門と尿道口からも気色悪い吸引の感触が伝わった。
エリスの足元にマンイーターの収まった鉄籠が沈んでいて大小二本の触手がエリスの肛門と尿道口に吸い付いているのだ。

「アッ、アッ・・・・アアウ・・・・・・・・」

 まだ春と言うには程遠く外気は非常に冷たい。
そして噴水の水はエリスから容赦なく体温を奪って行く。
その為エリスは直ぐに尿意を催してしまう。

「アアッ、許して・・・ヒャアァァァァァッ!」

 エリスが尿意を催すと、情け容赦なくマンイーターはエリスの尿道に吸引を掛け、エリスから排泄された液体を吸い上げる。


「アッ、アアッ、アアーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 エリスは噴水で水責めに架けられて十何度目かの絶頂を味わされる。
既に陽は沈みエリスが岩に縛られて十時間は経っているだろう。
もうエリスはガタガタ震えて、手足の指は千切れそうな位に痛くなっていた。

 ふと気が付くと自分に当っていた水流が途切れていることに気が付いた。
振り向くと侍従の少女数人が、皮の外套を広げてエリスの身体に水が当らない様に防いでいた。
別の少女がカップに注がれた温かいスープを差し出す。

「エリス様、飲んで下さい。この侭ではエリス様の御身体が如何にか成ってしまいます。」

 エリスは無意識にカップに口を付けるとスープを飲み干した。
満足に思考が出来ない程、身体が冷え切っていたのだ。
だが飲み終わると侍従の少女達に言う。

「そ・・・その外套を退かして下さい。まだ私は、へ・・・陛下から御赦しを頂いておりません。」

 だが少女達は動こうとしない。

「もうエリス様は十分に償いました。これ以上苦しむ必要は有りません!大体陛下も酷いです。今回の件はデッガー親子の仕業なのに、こんなにも厳しい罰をエリス様に与えなくてもイイじゃないですか!私は・・・私は陛下を見損ないました!」

 涙目で訴える少女・・・だが、それを聞いてエリスは悲しそうな顔をする。

「そんな事を言っては成りません!陛下は・・・陛下は私を本当に大切にしてくれています。今回の御仕置きも自分を大切にしなかった私に御怒りなのです」

 だが少女達は納得しない。
今回エリスに対する仕打ちは余りに厳しく思えたのだ。

「それに私が厳しい罰を受けなければ今は兎も角、後々遺恨を残します。例えば何かで罰を受けた人間が“あの時エリスは許されたのに”と考え陛下に不満を覚えるかも知れません。そうなったら帝国の治世に決して良い影響は与えないでしょう」

 それでも少女達は納得出来ない様だ。

「陛下は・・・本当に御優しい方なのです。今だって私が身体を壊さない様に柱の影で見守って下さっています。陛下は私をココに縛り付けてから、片時も離れず見守って・・・・・・」

 侍従達がビクッと反応するのと同時に、ガタンと音がした。
柱の向うで誰かがズッコケたのだ。
白いドレスの裾がサッと柱の影に逃げ込むが・・・・・やがて誤魔化しきれないと観念して罰が悪そうにフェリシアが現われた。


「第9章 エリス、逃亡する! その16」(第44話)


「最初から気が付いていたのに、気が付かない振りをしてたの?」

 フェリシアの問いにエリスは答えた。

「む・・・無視をした訳じゃ無いのです。ただ陛下の御心遣いを無駄にしたく無くて・・・・・」

 フェリシアは噴水の淵まで来ると自分の衣服が濡れる事も気にしないで、ザブザブと噴水に入って来た。
そしてエリスの目の前に立つと、エリスを厳しい眼差しで見下ろして詰問する。

「如何?少しは頭を冷やせたの?」

 だが問いに答えずエリスはフェリシアを制止しようとする。

「い、いけません陛下!風邪を召されてしまいます。それに貴女達も・・・もう池から上がって身体を温めて下さい」

 だがエリスの言う事を無視してフェリシアはエリスに言った。

「エリス・・・私にとって最も悲しい事は貴女が居なくなる事なのよ。それなのに貴女は私を悲しませる事ばかりするのね?先の反乱の時も、今回も・・・・・・・」
「陛下、申し訳御座いません。本当に申し訳有りませんでした」

 エリスは涙を浮かべて謝った。
だがフェリシアの眼は冷たい輝きを放っている。
まだエリスを許して無い様だ。

「貴女にとって私の傍を追放されるより辛い罰を与えます。そうしないと貴女は本当に分かってくれないもの・・・・・・」

 そう言うと呪文を唱え炎の精霊“サラマンダー”を呼び出した。

「この“サラマンダー”に誓いなさい。今後、何が有っても私の元へ戻って来ると・・・どんなに厳しい状況からでも、どんなに身体を汚されても、泥水を啜り屈辱に塗れても必ず私の元に帰って来ると・・・貴女が私の元を去るのは“私より好きな人が出来た時”か“私が嫌いに成った時”だけであると!」

 エリスはフェリシアの考えを理解した。
“約束の魔法”を使う積りなのだ。
この後フェリシアは“サラマンダー”をエリスの身体に宿すだろう。
背中に宿せば背中を、胸に宿せば胸を、約束を違えた時に焼き付ける呪文である。
最も“エンシェント・エルフ”のエリスはサラマンダーに焼かれた火傷でも一週間もすれば回復出来るのだが・・・

「誓います・・・必ず陛下の下へ帰って来ると・・・そして二度と陛下の元を離れる真似は致しません。陛下が私の事を必要と思って下さる内は・・・・・・・・・」

 そのエリスの言葉を聞いて“サラマンダー”は“火竜の紋章”に変化した。
後は好きな所に紋章を押付ければ、約束を違えた時その場所が罰を受ける筈である。
エリスは自分の背中かオシリに施されると思っていた。

 だがエリスは次の瞬間悲鳴を上げた。
フェリシアが紋章が乗った手の平を自分の頬に押付けたのだ。

「イヤァーーーッ!止めて、止めて下さい。そんな・・・如何して・・・そんな・・・・」

 フェリシアはニッコリ微笑んだ。
紋章を押付けられたら焼印を押される位、激痛が走る筈である。
それでもフェリシアはニッコリと微笑んでいた。

「如何して・・・如何して、そんな事を・・・・・・・ウウッ陛下っ陛下ァ・・・・・・・・・」

 泣き崩れるエリスに対しフェリシアは優しく語り掛ける。

「貴女だけが罰を受けるのは平等じゃ無いじゃない?デッガーの様な愚か者を放置して大臣にしていたのは私です。私も罰を受けなくては・・・・・・」
「でも、でも・・・アウゥ・・・・・・」

 周りの侍従達も腰を抜かし、何も言えなかった。
当たり前である幾ら魔力が高かろうとフェリシアは所詮人間である。
もしエリスが約束を違え魔法が発動し“サラマンダー”が暴れだしたら・・・フェリシアの顔は二目と見られない程、醜く焼け爛れてしまうだろう。
死ぬまで治る事も無い位に・・・・・・・・

「そんな、そんなーーーっ!アウッ、グスンッ・・・ウウッ、陛下・・・陛下ァ・・・・・・・・・」

 泣き叫び崩れるエリスをフェリシアは抱いて言った。

「私は少しも怖くも悲しくも無いよ。エリスを信じてるから・・・エリスは約束を守ってくれるでしょう?それに・・・」

 フェリシアは一度言葉を区切るとエリスを抱き寄せ唇を奪った。
そして優しく語り出す。

「これでエリスにも分かったでしょう?私が如何に貴女を失う事を恐れているか・・・貴女を失う事に比べれば顔を焼き崩される事など何でも無い事を!」

 そうフェリシアはエリスが自分に忠誠を示したように、自分もエリスを何より愛している事を示したのだ。

「ゴメンナサイ・・・ゴメンナサイ・・・・・・・・」

 エリスはフェリシアの頬に紋章が溶け込んでいくのを見て泣き暮れる。
勿論、紋章が溶け込んで、外から見ても分からなく成っても魔法の効力は残っているのだ。


続く