カヴァルナが陥落したのは夏の始めだった。
三ヶ月にわたった籠城も食料がつきてしまっては持ちこたえられない。
この小さな城塞都市にはもう生き残るだけの国力は残っていなかった。
略奪だけはしないという以外、ほとんど無条件の降伏。
城門のはね橋が下ろされると、荒くれ者の征服者達は大通りをまっすぐに駆け抜け、宮殿の中へ押し入った。
誰もいない広間の玉座に、やせ衰えたカヴァルナ王だけがぽつんと座っている。
「おや、姫君はいずこですかな?」
勝利におごるボルゴニアの王子の言葉、それこそが全ての発端だった。
以前からカヴァルナを併呑しようと企んでいたボルゴニアは、一人娘のプリセア姫が二十歳になってからというものグロイス王子との縁談をしつこく迫ってきた。
それも恫喝を含んだ居丈高な態度で。
「姫は....ボルゴニアにはやれん!」
「そういう強情な態度だから、お国が滅ぶのです。」
グロイスは血に汚れたままの剣を王につきつける。
「さあ、姫君はいずこ!」
「知らぬ!」
グロイス王子はかっと目を見開いた。
剣をぶるんと一振り、相手の首がごろりと落ち、胴体が血を噴き出して倒れる。
「探せ! 城からは出ておらんはずだ!」
スパイの情報もさることながら、あのプリセア姫の性格を考えれば、自分だけこそこそと逃げ出すわけがない。
女だてらに鎧をまとって戦に出る。
そんな勇ましくも美しい姫は、近隣諸国でも評判になっている。
今度の城攻めでも、城壁の上で指揮する姿が何度も見られた。
ふと見ると、壁にかけられたタペストリーに、さっそうと馬を駆る姫のようすが刺繍されている。
「オレの手で、女の分際を思い知らせてやる....」
いやらしく舌なめずりすると、グロイスは剣の切っ先を刺繍の姿の股ぐらへと突き刺した。プリセア姫は数人の兵士とともに塔にたてこもっていた。
家来たちが、下で取り囲んでいる敵の使者にむかって、身の安全を保障するよう念を押している。
こんな約束が当てになるものだろうか?
自分を待ちかまえている恐ろしい運命に、プリセアはいっそ命を絶ってしまいたかった。
それでも残忍なグロイス王子は許さないだろう。
城のみんなや街の人々のことを思えば、この身を差し出すしかないのだ。
彼女は決心した。
「分かった! 今、そちらへ行く!」
敵方から、おおっという声。
プリセアは梯子を下ろすよう家来たちに命じる。
「姫様!」
「お前たち....ありがとう。」
美しい銀色の甲冑が、日の光をあびてキラキラ輝きながら降りていくのを、家来たちは涙なしに見送ることができなかった。
「殿下、カヴァルナの姫君にございます。」
腰巾着のペルツがうやうやしく報告すると、グロイスは満足そうにうなずく。
プリセアは屈辱にたえて敵将の前にひざまづいた。
鎧はとっくに外されて、厚手の服を一枚着ているだけだった。
「....プリセアにございます。グ、グロイス殿下におかれましては....」「挨拶はいい。口先より行動がかんじんだ。」
つかつかとテーブルのほうへ歩くと、かかっていた布をばっと外す。
そこにあったのは彼女の父の首だった。
「お父様っ! あああぁ....」
テーブルのわきへ駆け寄ると、たちまち泣き崩れる。
(お父様、どうして? ....命は救ける約束だったはず....それなのに!)
「き、きさまぁ....」
涙の下から怒りの顔を起こしてにらみつける。
(殺してやる! 差し違えてでも殺してやる!)
プリセアは飛びかかった。
隠し持っていたナイフを握りしめて。
「馬鹿めっ!」
グロイスは腕を振るうと、鉄の籠手でプリセアの頬を張り飛ばした。
口が切れて血が流れる。
ナイフも無くして、両脇から敵兵に捕まえられる。
それでもプリセアは復讐心に燃えた目で、男をにらみ続けていた。
「ははは、それでこそ誉れ高きカヴァルナの姫だ!だが、これを見てはどうかな?」
引きずられていった先には、たくさんの女達がいた。
貴族の娘や城の召使い、街の人達もまじっている。
若い娘ばかり30人ほどが、手足を鎖につながれて窓のない部屋の冷たい石畳のうえに座りこんでいた。
「どういうこと! 危害は加えないって....」
「いやなに、こやつらを姫の召使いにつけてやろういうのだ。」
いったい遠回しに何を言おうとしているのか、グロイスの真意がはかりかねた。
「明日になれば分かる。それまでせいぜい休んでおくことだ。」
冷たい嘲笑を最後に重い扉がばたんと閉められると、灯りは頼りない壁ぎわの一本のロウソクだけとなった。
「姫様、私達どうなるんでしょう?」
「大丈夫、みんなしっかりして。大丈夫、私が守るから。」
(そう、私がしっかりしなくちゃ。)
父のような悲惨な最期を、この人たちにさせてはいけない。
崩れ落ちてしまいそうな絶望の中で、その思いだけがプリセアを支えていた。
「何ですって!」
プリセアは耳を疑った。
広間の玉座にどっかりと腰かけて、ボルゴニアの王子はにやにやする。
その横で腰巾着のペルツが禿げた頭をさすりながら、もう一度繰り返した。
「つまりですな。三人の騎士とお手合わせをして頂いて、姫君が勝てば女達を三分の一づつ自由にするということでして....」「その代わり、姫が負けたら三分の一づつ墓場に行くことになる、と。」
グロイスが冷酷に言い放つのに、プリセアが怒りに震えた。
「そんな事できません!」
「プリセア!」
男は怒鳴っておいて、急に声をひそめてこう続ける。
「考え違いをしてもらっては困る。良いかな?長の戦で兵士達は女に飢えている。それをこの私が、女に手を出さないように命じておるのだ。あの女達にしても、男達の慰みものにしてもよいところを、まったくの慈悲からそなたに預けてあるのではないか。....違いますかな? プリセア姫。」
何を言ってもムダなのは分かった。
それに、プリセアが勝てば女達は自由になるのだ。
それにかけるしかない。
「では鎧をつけるがいい。」
きのう奪われた鎧が、ふたたび持ち主の体に戻ってきた。
勇ましき姫君は手際よく武装を済ませると、城壁の間にある訓練場に連れて行かれた。
城壁の上や見物席には敵国ボルゴニアの兵士達が陣取り、その下に娘達が縛られて集められていた。
「姫様! 姫様ぁ!」
女達の悲痛な叫びが、プリセアの心に勇気を起こさせる。
プリセアは用意された馬にまたがると手綱をぎゅっと握り締め、長い槍を構えた。
カブトから下がる栗色の髪が風になびくと、敵兵の間から溜息が聞こえる。
カヴァルナの戦う姫君、その勇姿に皆が見とれた。
相手に立ったのは紅い鎧の男だった。
ただでさえ背丈が高く、それに加えてひとまわり大きな馬に乗っているものだから、比べるとプリセアは子供のようだった。
「始めよ!」
グロイス王子の合図で太鼓が打ち鳴らされ、二頭の馬は駆けだした。
ドシンッ!
構えた盾に相手の槍がぶつかった瞬間、プリセアは軽々と吹っ飛ばされた。
小さな体が地面に叩きつけられると、四方からどっと歓声があがる。
逆に人質の女達は悲鳴をあげた。プリセアはあまりの痛さにしばらく息ができないでいたが、やっと立ち上がって前を向くと、男のほうでも馬を下りていた。
余裕の表情だ。
(何かおかしい....)
ずきずきと全身が痛むのをこらえながら、彼女はいつにない違和感を感じていた。男は剣を手にとると、プリセア目掛けて斬りかかる。
それを受けた盾がバラバラになって宙を舞った。
(そんな!)
自分が愛用していた盾があっけなく砕け散るのが信じられなかった。
自分はとんでもない化け物を相手にしているのではないか。
背筋を冷たいものが走った。
「いかがされましたかな?姫様。」
男は馬鹿にしたように笑う。
「まだまだっ!」
今度はプリセアからかかると、男は慌てて身を引いた。
あまり剣がうまいようには見えない。
単に力持ちなだけかも知れない。
プリセアが勢いづいて斬りかかった時、またも信じられないことが起きた。
彼女の剣が根元から折れてしまったのだ。
(罠だ!)
今さら気付いても遅かった。
男の剣が彼女の胸もとを薙ぎはらう。
「きゃああっ!」
何ということだろう。
プリセアの鎧は胴体の部分が外れ、砂の上に落ちていた。
「はははは、面白くなってきたな。」
グロイスが高々と笑った。
実はプリセアの鎧は昨夜のうちに分解されて、もろい鉛のビスで組み立てられていたのだ。
そして盾や剣にはヤスリで傷がつけられ、使いモノにならなくされていた。
「卑怯者っ!」
それに答えたのは兵士達の嘲り笑う声だけだった。
知らない内に自分がピエロになっていたことに、プリセアは愕然とした。
「姫様、よそ見はいかんですぞ。」
「ああっ!」
武器もなく逃げるだけのプリセア。
その甲冑の一枚一枚を、男の剣がはぎとっていく。
下半身の部品が落ちると、手と足
以外の部分は、布製のキルト服だけになってしまった。
(まずい、このままじゃ....)
見物の兵士が立っている端のほうへ追いつめられて、プリセアはいちかばちかの賭けにでた。
男はといえば、殺さないようにと命じられていたので、剣を横倒しに使って気絶させるぐらいの気持ちだった。
それが油断をさせたのだ。
男が詰め寄った瞬間、プリセアは後ろに立っていた兵士に体当たりした。
隣の兵士が驚いて槍を向けたのを鮮やかに奪い取り、振り返って一突き。
紅い鎧の上を紅く血が流れ、喉を貫かれた男はどさりと倒れた。どよめきが湧き起こり、細工をしたペルツはうろたえて主人の顔色をうかがう。
しかし、グロイス王子は感心したようにうなずいた。
「お見事! さすがはプリセア姫。では、二人目はどうかな?」
次の男は、魚のウロコのような鎧を着ていた。
両手には熊手のような武器を持っている。
「やあああっ!」
プリセアは槍を振るって挑みかかった。
鎧がダメになった以上、長いものを持っている有利さを活かさなくてはいけない。
相手を近寄らせないように注意しつつ、鋭い穂先をくりだした。
しかし....
(速い!)
男の動きは予想以上だった。
あの変わった鎧も武器も、身軽さを考えたためなのだろう。
一方でプリセアは、疲れもあって体がだんだん重くなってくる。
そういえば昨夜はほとんど眠れていない。
目まぐるしく動き回る相手についてはいっても、足がもつれてくるのを感じた。
突然、熊手が彼女の背中を襲った。
ギリギリでかわしたつもりだった。
けれど鋭いカギ爪は布地をとらえていた。
力まかせにぐいっと引っ張られた途端、びりっと音がしてキルト服がはぎとられた。
たちまち殻をむかれたゆで卵のように素肌があらわになる。
「あ....いやああああっ!」
こんなにもろい服ではない。
縫い目の糸が切ってあったのだろう。
鉄でできた籠手とすね当てと靴のほかは一糸まとわぬ姿。
見るからに無様でこっけいな裸体に突き刺さる男達のいやらしい視線。
あまりの辱めにプリセア姫は悔し涙を落とした。
「もう終わりですかな? 姫様。」
「いやっ、寄らないで! いや....」
対戦相手がいやらしい笑みを浮かべて近付くと、さすがのプリセアも前を隠しながら退いた。
見物席からグロイス王子が呼びかける。
「勝負あったようだな!姫、約束を憶えているか?」
兵士が剣を抜くのが見える。女達が泣き叫ぶ。
「お願い、救けて! 姫様ぁ!」
(いけない! 私がしっかりしなきゃ! でも....)
こんな状態で戦えるはずがない。
彼女が迷っている間に、数人の娘が列から引きずり出された。
「やれ。」
「きゃああっ、救けてぇ!」
「待って!」
カヴァルナの姫プリセアはついに覚悟を決めた。
涙をぐっとこらえて両手をゆっくりを下ろし、女神のような瑞々しい肢体を群衆の前にさらした。
うおおっという淫らな感激の声がする。
顔から火が出るような恥辱に歯をくいしばって懸命に耐えているようすが、荒くれた男達の劣情をかきたてるのだった。
惜しげもなく....いや惜しみながら恥じらいながらも肌をさらす王女の勇気に、囚われの女達は涙を流した。
「プリセア様ぁ、ああっ....」
「ほう。」
その気丈なようすにグロイスは改めて興味をそそられる。
「見ろ、ペルツ。お前の悪だくみも、プリセア姫にはかなわぬようだな。」
「いや、まったく驚きでございます。ですが、お楽しみはこれからで。」
「傷はつけるなよ。」
「それはもう承知いたしておりますとも。」
商人らしい腰の低さとずる賢さがペルツの身上だ。
彼が手をあげて合図を送ると、対戦相手はプリセアを誘い込むように見物席に近いほうへ移動する。
もっと恥をかかせようというわけだ。
「よっ、お姫さまっ! もっと見せてくれよ!」
「見ろよ! 下の毛も栗毛だぜぇ!」
客席からの卑猥なヤジ。
プリセアは槍をかまえようとするのだけれど、体が勝手にもじもじしてしまう。
(あのプリセア様が....)
髪をつかまれて刃をつきつけられながら、エミリナは従姉のプリセアの姿に涙をこらえられなかった。
同じ王族としてというよりも、幼なじみとして見るにたえなかった。
14歳のエミリナにとって8つ上のプリセアは実の姉のような存在だった。
じっさい「お姉さま」と読んでいるほどで、プリセアも彼女のことを妹のように可愛がってくれた。
いつだったかプリセアの真似をして剣をふるったら、父にみつかってひどく笑われたことがある。
よっぽど様になってなかったのだろう。
でも今はプリセアがそんな状態だった。
さっきまでとは動きが全然違う。
足をきちんと開けないので、槍をふりまわすたびにヨタヨタとなってしまう。
「お姫様、わたしめを倒さないんですかな?」
男はへらへら笑ってはいたが....実は少しばかり困っていた。
計画ではプリセアはとっくに丸腰になっているはずだった。
だからこそ、こんな熊手のような不便な武器を持っているのだ。
(ああやって恥ずかしがっているうちに、槍を取りあげてしまったほうがいいな。)
大事なところが見えないようにとモジモジするようすを眺めて、男は軽い気持ちで考えていた。
武勇のプリセア姫もしょせんは女。
高貴な王女がこんな辱めに耐えられるはずがない。
そう思いこんでいたのだ。
プリセアが突きこんできたのを見計らって、男はふところに飛びこんだ。
しかしそれは罠だった。
「たああっ!」
男が槍を狙っていると知っていたのか、彼女はとっさに槍を捨てて男の腕をつかんだ。
そして、ぐるんと向きを変えて背負い投げをくらわした。
しまった!と思ったのも遅く、男の体はまっ逆様に地面に叩きつけられた。
ごきりと鈍い音がして、首の骨を折られた男は事切れた。
「そんな馬鹿な....」
ペルツがあんぐりと口を開けているのを、グロイスはおかしそうに横目で見ている。
「しょせん、お前は商人ということだな。武人のことがよく分かっていない。」
「こ、今度こそは!」
「やめておけ。」
グロイスは悠然と立ちあがった。
手すりから身を乗りだすようにすると高々と告げる。
「次は私が相手だ!」
「来いっ!」
兵達の間でどよめきが起こる。
王子の腕前に疑いはないが相手はあのプリセアだ。
万が一ということもある。
「疲れている今の私なら、勝てるとでも思うのかっ!」
「名高きプリセア姫、剣を持てば疲れなど知らぬのではないかな?」
グロイスの合図で兵士が駆けより、彼女に剣を渡した。
「では、参るぞ!」
男から仕掛ける。
カキンカキンと鉄のぶつかりあう音が響いた。
しかしいつものプリセアの剣さばきではない。
あたりまえだ。
プリセアの剣は女の手でも使いやすいように軽く作られている。
でも今その手の中にあるのは、男用にしても大ぶりの物だった。
わざと持たされた重い剣に、数分もしないうちに息がきれて手がしびれてくる。
「どうした? もう終わりか?」
「ま....まだまだっ!」
王女と王子、二人の刃が触れあうほど周りの兵士達の応援には笑い声がまじり、逆に人質の女達は悲愴に包まれていく。
とても対等な勝負には見えなかったからだ。
プリセアが必死に打ってかかるのをグロイスは余裕で受け流す。
いつの間にかプリセアの目からは恥ずかしさと悔しさの涙がこぼれていた。
泣きじゃくりながら剣をふるうようすは、まるで小さいころに初めて剣術を習ったときのようだ。
ガチン!
武器を叩き落とされて、プリセアはがっくりと膝をついた。
「姫様ああぁ!」
うつむく頭の後ろで、女達の泣き崩れる声が聞こえた。
「約束どおり、女達の三分の二は自由にしよう。そして残り三分の一は首を刎ねるとしよう。」
まるで野菜か何かの話でもしているように、ボルゴニアのグロイス王子は素っ気なく言ってのけた。
侵略戦争に明け暮れる彼には、敗者の命など羽毛より軽いのかも知れない。
「待って! ....お願いします。救けてあげて。」
プライドもかなぐり捨てて床に手をついて懇願する彼女に、男は冷たく言い放つ。
「タダというわけにはいかんな。」
「私を、私を殺してください!」
「殺す?バカを言うな。だが、姫が私のものになるというなら考えんでもないが。」
声にいやらしい色が伴っている。
プリセアは虫酸が走るようだったが、逆らうわけにはいかない。
どうせこうなることは分かっていたのだ。
「....分かりました。」
「では皆の前で言ってもらおう。」
命じられて兵士が彼女を立ちあがらせた。
引きずるように連れていかれた大広間には、兵士や役人達、そして市内から集められてきた名士達がたむろしていた。
上座に姫君が現れたのに気付いて、わきへ下がってお辞儀する。
グロイスは皮肉をこめて大声を出した。
「さあ姫! あなたの口から言って欲しい。さきほど約束したことをな。」
「プリセアは....」
「何ですと? 姫、そんな蚊の鳴くような声では聞こえませんぞ。」
悔しさに熱いものがこみあげる。
でも涙を見せてはいけない。
それが王女としての務めなのだ。
「プリセアは! ....ボルゴニア王国の....グロイス殿下のもとへ....嫁ぎます。」
「聞いたか。今日はめでたい日だ! 皆のもの、両国の繁栄のために大いに祝ってくれ!」
男が勝利を宣言するのを耳に、耐えがたい屈辱に震えながらプリセアは歯をくいしばっていた。
その夜、祝宴がひらかれた。といっても平時のような盛り上がりはない。
テーブルには果物のほかは干し肉と干し魚ばかり、それに酒がめがいくつか。
戦禍に疲れ、今や占領下のカヴァルナではこれが精一杯なのだろう。
グロイスが旺盛な食欲をしめす横で、食の進まないプリセアはスープをちびちびと啜っていた。
この後に待ち受けている運命を思うと、人前でさえ泣き出したくなる。
国を奪われ、父を殺され、あと数時間で体まで奪われようとしている。
ふと見ると、一族や貴族家などの長老達が、彼女と同じように小さくなってパンをかじったりしていた。
きっと呼ばれてしかたなく出てきたのだろう。
ときどきプリセアのほうをちらりと見ては、溜息を隠すようにうつむくのだ。
(この方々の命も私にかかっているんだわ。そう、私一人ですむのなら....)
それに奴隷にしようというのではない。
王子と王女の正式な結婚なのだ。
このケダモノのような男も妻となる相手になら敬意をはらうかも知れない。
プリセアがそんな根拠のない希望を思いこもうとしたのは、そうしないと決心がくじけてしまいそうだったからだ。
しかしそんな甘い考えは、やがて完全に打ち砕かれた。
宴が終わると、グロイスは未来の花嫁を寝室へと連れていった。
そこは亡き父王の寝室だった。
まだ国が平和だったころ、よく父を起こしに行ったものだ。
春の草原をイメージして織られたタペストリーも、異国から贈られた調度も、あの日のまま。
「さあ姫、お召し物を脱いでいただこう。力ずくでされたくなければな。」
無礼な言いかたに、きっとにらんだが、だからといってどうすることもできない。
「....分かりました。」
部屋の中ではいくつものロウソクがゆらゆらと輝き、また小さな暖炉からも赤い光がさしていた。
その中で亡国の姫君ははらりと肩布を落とし、散っていくバラのように一枚づつ衣をとっていった。
最期にヒモを解かれた腰布が散ると、もう何も肌を覆うものはなかった。
「おお、見事だ!」
男が喝采する。
プリセアは憎悪と恥辱に頬をまっ赤にしながら、それでもベッドへ腰をおろした。
まるで自分から狼の口に飛びこむ哀れな羊。
近寄ったグロイスに肩を押されて、どさりと身を横たえる。
父の匂いが残っているベッドで娘はこれから姦されようとしている。
男が服を脱ぎ捨てていくわきで、絶望がプリセアの心を蝕んでいった。
忌まわしい初夜が始まった。
いたいけな姫君を凌辱する悦びに、グロイス王子の体は高々と肉の塔をそびえさせていた。
目の前にある女の肢体は、若いメスの鹿のように美しくきりっと引き締まっていた。
「並の女とはわけが違うな。さすが、カヴァルナの姫君。」
しつこく国の名をあげてプリセアの神経を逆撫でする。
彼女は憎々しい相手を見ないようにと首を横へねじ曲げ、ただ時間が過ぎるのを待っている。
それがグロイスには面白くない。
(気丈なのはいいが、こうも無愛想だとは....少し教育をしてやろう。)
「おい、誰か!」
待機していた兵士が入ってくる。
プリセアはあわてて毛布で身を隠した。
「ご用でしょうか?」
「うむ、あの残りの女どもはどうした?」
プリセアが助けられなかった三分の一の若い女達のことだ。
「あの9人ですか? まだ牢の中ですが。」
「一人連れてこい。例のやつをな。それで、これから一時間に一人づつ首を刎ねろ。」
「やめなさいっ! 約束が違います!」
「姫、約束を破っているのはあなたではないかな? そうやってふくれっ面をして寝そべっているのが、妻の夫に対する態度といえるものか。ここはわが国のしきたりに従って、夫を建ててもらいたいものだ。」
すでに立っているモノに手を置きながら猥褻な冗談。
家来の前でもそこを隠そうともしない野蛮な神経が、プリセアには信じられない。
「....では、どうしろというのです。」
「これはゲーム、ちょっとしたゲームだ。姫が私を満足させるまでの間に、さて何人の首が飛ぶか....」
「....分かりました。」
男の顔が急にこわばるのが見えた。
つかつかと歩みより、大きな手で彼女の喉もとを掴みあげる。
「分かりました分かりましたと何度言ったっ! プリセア!」
あまりの剣幕に、プリセアはいつもの気高さも忘れて子供のようにぶるぶると震えた。
もう彼女には心の中で抵抗することさえ許されてはいないのだ。
悔しいとか、恥ずかしいとか、憎らしいとか、そういう人間の感情を持つことは認められないのだ。
自分はとっくに殺されているのだ。
プリセアは痛感した。
「お姉さま!」
呼ばれて驚く。
ベッドのわきには従妹のエミリナが座らされていた。
後ろ手にきつく縛られている。
「親戚だそうだな。お前には証人の役をつとめてもらうぞ。姫君が処女にあらせられるかの証人だ。」
「わ....私は処女です。」
「だからこそ、その名誉を証明しなくてはな。これも姫のためを思えばこそだ。」
高貴な家柄では、初夜に母親などが立会うことがあるのは知っているけれど、これはそんなものじゃない。
人質ばかりでなく、ただ辱めようという魂胆なのだ。
まだ少女期にあるエミリナには、自分の前で行われようとしていることが、まだよく分かってはいない。
愛を破壊する愛の行為、そんなものがこの世界にあるのだとは知るよしもない。
「お姉さま....」
「お願い、見ないで....エミリナ....」
女達がめそめそやっている間に、グロイスはぼそぼそと兵士に耳打ちしていた。
「そ....その人を出ていかせて。」
「それは聞けぬな。おい、この小娘をしっかり捕まえてろ。」
兵士はエミリナを引っぱりあげると腰から短剣を引き抜いてちらつかせた。
冷たい刃に頬を撫でられて、従妹の顔からは血の気がひいていく。
プリセアはもう何も反論できない。
「さあプリセア、花婿を楽しませてくれ。」
振り向くと目の前にはおぞましい生物が赤黒い頭を突きつけていた。
反射的に顔を逸らそうとするのを、グロイスの両手ががしっと押さえつける。
そして強引に引き寄せていく。
「い、やあぁ....」
ゆがむ顔にグロテスクなモノが押しつけられる。
唇から鼻、瞼からおでこへと、熱いカタマリがごりごりと蹂躙する。
汗ともつかないキツい匂いがする。
「やめてっ!」
たまらず男の脚を突きとばして離れると、亡き父に救けを求めるように彼女は枕につっぷした。
お尻を天井へむけたまま枕の中で嗚咽をもらす。
そんな哀れをさそうしぐさにも男は冷たい。
「時は金なり。まして命がかかっておるのだぞ。」
「もう嫌っ、いやあぁ....」
我を忘れて泣きじゃくっていた。
グロイス王子が困ったような楽しそうな顔で兵士を見ると、彼は彼で腕の中の仔ウサギに気を取られている。
悪魔は合図を送った。
「やれ。」
「や....嫌ぁ、そんな! やめてぇ!」
兵士は短剣を少女の胸もとに差しこむと、びりびりと服を裂いていく。
あっという間に未熟な胸がさらされる。膨らみの足りない可愛い乳房を、後ろから回された男の左手がぐにぐにと揉む。
「嫌あぁ....嫌ぁ、お姉さまぁ....」
「お願い、やめさせて。」
すがりついて嘆願するのも聞こえないかのように、あさっての方を向いて溜息まじり。
「まったく困った女どもだ。嫌、やめて、嫌、やめてばかりで話にならん。」
「お願いします。グロイス様....」
ベッドの上で膝を折ると、相手の前にひれ伏した。
「言葉より行動がかんじんだな。」
行動とやらを促すように悪魔の分身が女の鼻先でぴくんと蠢く。
「....くわえろ。」
その言葉が棍棒のように姫を打ち砕いた。
止まらない涙をそのままにプリセアはおずおずと口を開いた。
キスらしいキスも知らない唇の、それが最初の触れあいだった。
前歯をすべる男の形。
彼女はぎゅっと目を閉じた。
「うぐうぅ....」
ぐっぷりと口の中いっぱいに押しこまれ、プリセアは敗北の呻きをあげる。
その怪物は舌の上にどっしりと重く、その邪悪な肉の匂いに頭までしびれる。
「ほら、まだ半分もあるぞ。」
瞼をあげると黒い茂みがあった。
自分の口からそこへむけて太い柱が伸びていて、薄い皮の下を血管が蛇のようにうねり、どくんどくんと脈打っている。
何をされているのか、エミリナの喘ぐ声。
プリセアはもう進むしかないのだ。
「おおっ、そうだ、そうだ。」
男は手を打ってはやしたてる。
カヴァルナの姫はいまや犬のように手足をふんばって、喉の奥へと陽物を呑みこんでいく。
くぅーっ、くぅーっと苦しそうに鼻を鳴らしながら、身分を忘れて男を頬ばる。
やがて喉仏を押しのけるように男根が首のあたりまで侵入すると、もう息さえも塞がれてプリセアは相手の胴体にしがみついた。
うっそうとした毛に顔を埋め、お尻をふって悶えながら、男の腰を引っ掻いているのだった。
グロイスは白くうねる背中を見おろして残忍な征服欲を味わった。
(ついにこの時が来た。あの日、馬上試合で見てからずっとこの時を待っていた。この血の気の多いメス馬を私の手で飼いならす時を!)
よく鍛えられていても女らしい柔肌。
その艶めかしい肩や腰のところどころ、鎧の当たる部分にアザがついている。
こういう強さと美しさがプリセアに女神のような高貴な雰囲気をつくりだし、カヴァルナの姫戦士として羨望の的になっていたのだ。
それが今、尻の穴をひろげて男にしゃぶりついている。
(奴隷だ。こいつはもう私の奴隷だ!)
グロイスは両手で彼女のたおやかなウエストを掴むと、舌が押し戻そうとする力に逆らうようにぐーんと腰を突きだした。
「んぐう....う....うぐぐ....」
エミリナの目の前では、プリセアの手が男の腰に巻きついて切なそうに上がったり下がったりしていた。
美しいはずの口もとからは唾液があふれ、だらしなく滴っていた。
そうとう息が苦しいのだろう。
顔がだんだん赤くなっていく。
おへそを引っこめたりお尻を振ったりしながら、男に訴えかけるのだけれど、グロイスは無視して腰を乱暴に打ちつけているのだ。
「お願い、やめてあげて! 死んでしまいますっ!」
「それがどうした?」
あまりの言葉にエミリナは青ざめた。
でもプリセアにはもう何も聞こえないらしく失神の痙攣を始めていた。
やがてがくんと膝を折って崩れてしまう。
気の遠くなった喉元からずるりと男根が抜けだすと、肉体の本能がプリセアに息を回復させる。
涙をまきちらして、げほっげほっと激しく咳きこむ。
「お姉さまぁ....あああ!」
エミリナには信じられなかった。
あの美しく凛々しかった従姉の顔は、涙と唾液でぐちゃぐちゃになって、馬鹿のようにだらしなく緩みきっていた。
口淫の屈辱と窒息死の恐怖が、高貴な魂をすっかり壊してしまったようだった。
プリセアの絶望がエミリナにも感染し、二人ともがっくりと肩を落としていた。
(やりすぎたかな? では喝を入れてやるか。)
グロイスの心はどこまでも残忍だ。
忘れかけたプライドと品位を思い出させてから、また辱めるつもりなのだ。
兵士に呼びかける。
「おい、その娘が抱きたいのか?」
「え、いいんで? 私めなんかが....」
「家柄なんぞ気にすることか。どうせ死ぬ身だ。女の悦びを教えてやるさ。」
「や....やめ....」
少女は震えあがって声もろくに出ない。
短剣の迫るまま椅子に座らせられ帯を切られては、もう裸同然だ。
閉じようとする股の間に短剣を差しこまれ、ももの内側をすうっと撫でられて、エミリナは恐がって脚を開いてしまう。
「こりゃずいぶんお上品な下着ですなあ。」
母から贈られた白い腰布。
身を隠す最期の一枚を、兵士は短剣の先で玩ぶ。
「ひああぁ....」
顔をおおって泣いている少女。
プリセアも同じだった。
心では自己犠牲を覚悟したつもりでも体が動かない。
どんな激しい戦闘にも怯んだことはないのに、性の恥辱とだけは戦う力を持たなかった。
(お父様、プリセアに勇気をください。お母様も....)
何年も前に死んだ王妃のことを思い出した。
見あげれば、壁にかかった父の盾には女神の姿が浮き彫りしてある。
儀式の時に使っていたもので、若いころの母に似せて作らせたのだと聞かされていた。
(お母様、私に勇気を....)
手を合わせて祈るプリセアのようすに、グロイス王子は獣じみた目をらんらんと輝やかせていた。
「グ....グロイス様。」
カヴァルナの姫君はやっと自分を取り戻したようだ。
その瞳に高貴な光が帰ってきたのを、グロイス王子は心の底から嬉しく思った。
踏みにじり破壊するものがある悦びに。
「何だ?」
「私を....私をお抱きください。」
しかし男は花婿ではなく飼い主になりたいのだ。
「プリセア、言葉を変えてもらおうか。そうだな....私めを姦してください、とな。」
「な....」
聞くだけで顔がまっ赤になる、冗談でも口にしたことのない言葉。
それを言わせようという非情さに彼女は震えた。
「言えぬか?」
主人の合図で、兵士の手がエミリナの腰布にかかる。
ひいっという悲鳴がプリセアの胸を打つ。
「わ、私を....」
「違うぞ。私めを、だ。」
「わ....わたくしめを....おか、おかして....」
急にさっきの男根の味が思い出されて吐き気がした。
それでも言ってしまうしかないのだ。
「お、姦してくださいっ。」
「私めのいやらしいおまんこを!」
「....いやらしい、いや....いやらしい....」
「おまんこだ!」
「いやら....いや....いや....」
これ以上は無理とみたのか我慢できなかったのか、グロイス王子は突然、プリセアを突きとばした。
「きゃあっ! なに....待って。」
驚いて起きあがろうとする脚を捕らえてひっくり返す。
枕が転げてベッドから落ちる。
次の瞬間、プリセアは自分の股が逆立ちになって大きく開かれ、女の部分が男に曝されていることに愕然とした。
そしてその上では、あの不気味な肉の蛇が女の谷間に狙いを定めているのだった。
「嫌っ、嫌っ、待ってぇ、いやああああっ!」
「プリセア、よく見ておれ!」
ほんの一瞬の凄まじい地獄。
覚悟というものをする間もなく、醜悪な剣が目の前でずぶずぶと突き刺さっていくのが見えた。
体の真ん中が強引に広げられ、引っぱられ、ぶちぶちっと切れた。
「うあああああーっ!」
ボルゴニアの軍事力がどんなふうにカヴァルナを侵略するのか、プリセア姫は身をもって思い知った。
容赦のない突進に肉の扉はめちゃくちゃに破壊され、生贄の血があふれた。
紅い流れになって逆さの腹を伝い、おへそに溜まって揺れるのが乳房の間から見えた。
「ああっ! うわあああっ! あぐっ....ううっ....う....」
「おお、確かに処女だ。おい、エミリナとやら、よく見ておけ。」
「お姉様ぁ....」
グロイスは見せつけるように腰を動かしはじめた。
女の膝を肩に担いだ姿勢で、ずるずると引いてはまた深々と刺し貫く。
その度にプリセアは足を空中でばたつかせた。
「うぐーっ!....うーっ、うっうううっ....」
プリセアは涙をぼろぼろこぼしながら両手で口を押さえていた。
激痛が肉体から悲鳴をしぼりだすのを、必死に押さえているのだ。
声を出すことで自分が自分でなくなってしまいそうだった。
井戸から汲み出されるみたいに、処女の血が男根と一緒に湧いてくる。
そしていつしか、まっ赤だった色が薄くなってくるのだった。
「プリセア、どうした? 滑らかになってきたぞ。」
きっとそれは自分の身を守ろうとする女の体の反応なのだけれど、血に白っぽい液体が混じって潤ってくるようすは、体が心を裏切っているようにしか見えない。
また、あんまり長い時間焦らされたことで肉体が勝手な準備をしてしまったのかも知れない。
(ああ、私....女なんだ....)
むかし初潮がきた時に感じたような寂しさと、それとは全然違う忌まわしい絶望。
泣いて呻いて悶えているうちに、プリセアの感覚は彼女の意志を無視して、残忍な男根の暴虐を受け入れようとしている。
「ううーっ! ふうっ、ふううん! くうっ!」
グロイスは女の小さな耳が赤く、瞼がはれぼったく変わっていくのを見て、いやらしく舌なめずりした。
(感じてやがる。処女のくせに。こいつは淫乱の気があるらしい。)
もちろんプリセアには気持ちいいとかいう意識はない。
ただ痛くて恥ずかしくて哀しいだけ。
それでも男の先端がずしんと奥を叩くたびに、吐き気のするような麻痺するような得体のしれない感覚がお腹の中で大きくなっていくのが分かった。
だから口をふさいでいた手を引っぺがされた時、あられもない声をあげてしまったのだろう。
「うあんっ、あふっ....あああああうーっ!」
「プリセア! もっと哭けっ、哭けっ!」
「うわああっ! あーっ、抜いてぇ、抜い....ひああああっ!」
行き場をうしなった姫の手はシーツの上をのたうちまわった。
乱暴に叩きつける腰の間では、ぐちゃんぐちゃんと恥ずかしい音をたてて男女の肉が血塗れのダンスをしているのだった。
栗毛の頭を狂ったように右に左にふっては、プリセアは拷問のような苦痛の中でもがいていた。
「すげえぜ....」
あまりにも凄惨な光景に兵士も目をそらすことができないようだ。
ましてエミリナには刺激が強すぎる。
少女はがたがた震えながら胸を押さえていた。
ロウソクに照らされた地獄の底で、血と汗の匂いに気を失いそうだった。
少し意識がとんでいたようだ。
プリセア姫はいつの間にか自分がうつ伏せになって、お尻を男のほうに突きだしているのに気付いた。
犬の交尾みたいなみっともない姿を、従妹のエミリナに見られている。
「うあぁ....ああああぁ....あう、あふう....」
「泣いているのか? それとも歓んでいるのかな?」
痛みのせいでわけが分からない。
力の入らない腰をいいように振り回されて、男を満足させる操り人形になっているのだ。
女だてらに剣をふるってはいても、プリセアにだって女の子らしい夢があった。
愛する人との初夜、花に囲まれたベッド....。
でも現実は残酷だった。
王子は王子でもこんな悪魔のような男にプライドもずたずたにされて獣のように姦されるなんて....。
「もう、いやあああぁ!」
「ふははは! 泣け、泣くがいい。姫の涙はいっそう魅力的だ。」「あああ、ふうっ!....うああ、ああ....あっあっ。」
エミリナにさえ、もうプリセアが嫌がっているようには見えなかった。
シーツを握りしめたり髪をかきあげたり、首をあっちこっちへうねらせて、男の責めに全身で淫らな答えを返している。
男も女も汗が雫になってしたたり、快楽の凄まじさを見せつけている。
二人の肌がぶつかり合い、びたんびたんと下品な音を聞かせる。
(どうして? どうしてなの?お姉様。私どうすればいいの?)
「ひいっ! だ....め、駄目です。うああっ、グロイス様ぁ....」
プリセアはもう私のことなど頭にないのかも知れない。
そう思うとエミリナは切なくなった。
自分のせいで姦されているはずの姫様は、知らないうちに自分を裏切ってしまったのではないか。
そんな想像はしたくなかった。
「おお、すごいぞ。まとわりつくようだ。このっ、スケベな肉めが!」
グロイスはいよいよ絶頂が近いらしく腰の動きを速めてきた。
プリセアはおぞましい苦しみに青ざめて、ひいひいと喉をしぼって天井を見あげた。
たおやかな背中が弓のようにしなって、両腕をつっぱらせている姿勢は雌犬そのものだった。
「おお、イクぞ! 出してやる。お前の中にっ!」
「いやあっ、やっ! いあっ、ひあああっ!」
「うおっ、うおおおおーっ!」
肉の槍がとどめの突撃をくり出した瞬間、ただでさえ狭い処女の肉はきりきりと男を締めあげた。
どくん!どくん!
(出てるっ! なにか出てる! 私のなかで....)
「わあああああああっ!」
絶望の叫びが城に響きわたった。
どさりと体を落として、そのまま泣きじゃくり続けるプリセア。
なおもグロイスの性器はどろどろと肉欲の汁を流しこみ、彼女はずっと受け止めさせられた。
男の本能なのだろう。
余韻を惜しむようにいつまでも抜かないで、最後の一滴まで出しつくそうとするのだった。
まるで精液という染料でプリセアの魂を染めてしまおうとするように。
(お父様....私、汚されてしまいました。)
「お姉様ぁ....」
か細く届くエミリナの声がプリセアには辛かった。
自分が姦されることで助かった従妹。
感じてはいけない憎しみが湧いてくるのが辛かった。
エミリナがいなくたってどうせ姦されていたのだけれど、誰でもいいから憎みたい気持ちなのだ。
(お母様....私、悪い子です。)
「悪い娘だな。まだ男をくわえていたいのか?」
グロイスの嘲笑にプリセアはあわててお尻を下げる。
柔らかくなってはいても抜ける瞬間もずきんと痛い。
ひりひりする部分から生温いものが流れ出るのが、姫にはどこまでも屈辱だった。
約束通りエミリナは無事に済まされた。
しかし囚われの身なのは変わらない。
八人の女達ともども花嫁の召使い達としてボルゴニア本国まで連れていくという。
きっとこれからもプリセアは、ずっと彼女達を人質にしてひどい事をされ続けるのだろう。
「そんなことはないぞ。なんといっても大切な花嫁なのだからな。」
グロイス王子にそう言われても信用などできるはずがない。
プリセアは乱暴な処女喪失のせいで満足に歩けなかったが、周りに知られないようにと無理をして城内を見て回った。
痛みのために椅子に座ることもできないので、ときどき手すりなどに寄りかかって休んでは、また歩くのだ。
「我々も市民もずいぶん不安でしたが、こうして姫様がおなりなのを見てたいへんほっとしております。」
のんきにご機嫌とりをする商人組合の長に、プリセアは笑顔で将来の希望について語ってみせる。
(たとえ私の将来が真っ暗だとしても、この国がそれで救われるなら....)
王家に生まれたことの責任をプリセア姫は噛みしめた。
なんといってもボルゴニアは軍事大国。
商業は盛んでも小国のカヴァルナにとってボルゴニアとの連合は大きな国益だ。
今となってはそう思うしかない。
自分を無理に納得させようとしていた彼女は、しかしまたも裏切られる。
「約束が、約束が違います! 三分の二は解放すると聞きました!」
あの決闘でプリセアは二人を倒した。
なのにもう自由になっているはずの他の女達まで、解放されるどころか別の牢に移されているだけと知ってプリセアは激怒した。
しかしグロイスはニヒルに笑うだけ。
「確かに自由にすると言った。自由にするとな。だから、こっちの自由にさせてもらう。」
言葉遊びにしてはひどすぎる。
「なんてこと....騙したのね!」
「人聞きの悪い。まあ見解の相違というやつだ。それに....殺さないだけマシではないか。違うかな?」
憤りに震える姫を眺めて、グロイスはこうつけ加える。
「それともカヴァルナの清純な乙女達は、恥辱にまみれて生きるより死を選ぶかな? では、そうしようか?」
ようするに最初から約束も話しあいも無かったのだ。
ただ相手の都合のいいように振り回されるだけなのだ。
支配されることの現実を思い知って、プリセアの頬は涙に濡れた。
「わ、私は絶対....あなたを許しません!」
「泣け、泣くがいい。姫の涙はいっそう魅力的だ。」
こういう無神経な男にはどんな抵抗もむなしい。
夜になればまた姦され、昼間には別の屈辱に苦しめられる。
こうして数日がたった。
ボルゴニア本国から交代の兵が到着すると、いよいよプリセア姫はカヴァルナを離れることになった。
敵の兵士がかつぐ立派な女物の輿に載せられて長い旅に出るわけだ。
軍隊に囲まれたようすはとても花嫁行列という感じではなくて、捕虜の護送にしか見えない。
それどころか実際、捕虜でしかない。
三十人の女達もきれいな上着で隠されていたけれど、逃げ出さないように列の内側の手を鎖でつながれていた。
プリセア姫も目に見えない責任という鎖でつながれていた。
「首都のモンボルクまでは十日ほどかかりますが、姫様はどうぞお気楽に。何か不都合がありましたら、なんなりとこのペルツめに。」
王子の腰巾着のボン・ペルツが商人らしい抜け目のなさで花嫁にも取り入ろうとする。
同じ職業でも威勢のいいカヴァルナの商人達とは違って正々堂々としたところが全然感じられない。
こういう男はプリセアは大嫌いだった。
いっぽうペルツは軽蔑されればされるほど卑屈な根性が燃えるらしい。
(くそ生意気な小娘め。いまにペルツ様の頭脳の恐ろしさを思い知らせてやる。)
何を企んでいるのか、ペルツはこっそり舌なめずりをする。
行列の進むにつれて見慣れた風景がだんだん薄れていく。
故郷の青空に別れを告げていよいよ、沈鬱な色の雲が垂れている敵国へ憐れな女達は吸いこまれていくのだった。
第一部終わり